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日本の生産性が低いのは「たばこ後進国」だから?

6/6(火) 8:18配信

ITmedia ビジネスオンライン

 先週、愛煙家のみなさんを絶望の淵に追いやるようなニュースが報じられた。

 厚生労働省研究班が、全国162店舗のファミリーレストランを対象に「全席禁煙」と「分煙」を導入した前後での営業収入への影響を調査したところ、「全席禁煙」は2年目に3.4%も増加しているのに対し、「分煙」は1%未満にとどまった。

【生産性が低いのは「喫煙率の高さ」が原因!?】

 また、東京大学の五十嵐中特任准教授らが、喫煙や受動喫煙によってどれだけ余分な医療費が出ているのかを推計したところ1兆4900億円(2014年度)にものぼったという推計を出してきた。これは国民医療費の4%にも及ぶという。

 こういう「カネ」にまつわるエビデンスが相次いで発表されたということは、受動喫煙防止対策をめぐる熾烈(しれつ)な「情報戦」もいよいよ最終章に差しかかってきたということでもある。

 飲食店全面禁煙などの喫煙規制がある国の「導入プロセス」を見てみると、最初は受動喫煙による「がん」などへの不安から規制を求め、やがて「妊婦や未成年者への影響」という公衆衛生へとステップアップ。世論が高まってきたところで一気に「カネ」という社会的コストを持ち出して勝負を決める、というのが「勝ちパターン」となっているからだ。

 なぜ「カネ」を持ち出せば、喫煙規制が勢いづくのかというと、実はこうすることで「たばこ」が「健康被害」とともに抱えている「弱み」を暗に浮かび上がらせることができるからだ。

 それは、喫煙でもたらされる「社会的コスト」である。

 分かりやすいのが、2013年に発表されたオハイオ州立大学のチームによる試算だ。勤務中の「たばこ休憩」による経済的損失、健康管理にかかる保険料の上昇などを加算していくと、喫煙者の社員に対して会社は年間で6000ドル(約66万円)も余計なコストを払っているというのだ。

 このような「たばこの損」にスポットを当てることで、「たばこが吸えないと飲食店が潰れるとか言ってるけど本当は喫煙規制したほうがお得なんじゃないの?」という世論を喚起していくのだ。

●たばこの「社会的コスト」

 なんてことを言うと、「俺様はヘビースモーカーだけど、何十億というビックプロジェクトをまとめてむしろ会社に貢献しているぜ」なんて方から怒りのクレームが寄せられそうだが、そういう「個」のエピソードを「全体」に適応させてしまうのは、日本の悪い癖だ。

 例えば、戦前のベルリンオリンピックで、日本統治下の朝鮮出身の選手がマラソンでアジア人初の金メダルをとった。これは個人の業績だし、日本人でもないわけなのだが、当時の日本軍はなぜか「日本民族の健脚は世界一」とか言い始める。この勘違いが人命軽視の無謀な行軍につながった。個人の業績を都合よく「日本人全体の業績」にすり替えてしまうのだ。

 それと同じことで、会社に利益をもたらすヘビースモーカーがちょいちょいいたとしても、「喫煙者が生産性が高い」ということにはならないのだ。

 むしろ、「日本全体」を見てみると、たばこの「社会的コスト」が日本経済にも重くのしかかっている可能性さえある。

 日本の生産性が他の先進国と比較して圧倒的に低いというのは、この数年いたるところで言われている。

 その原因としては、長時間労働信仰とか、無駄に長い会議とか、「飲み二ケーション」に代表される勤務時間外の付き合いなどさまざまなものが挙げられているが、「喫煙」の影響も皆無とは言い切れないのである。

 例えば、公益財団法人、日本生産性本部が2016年12月に発表した「ODCE加盟諸国の時間当たり労働生産性2015年」によると日本は20位となっていた。では、トップ5を見てみると、ルクセンブルグ、アイルランド、ノルウェー、ベルギー、米国という順番なのだが、実はこれらの国にはある共通点がある。

 日本と比較して圧倒的に喫煙率が低いのだ。

●喫煙と労働生産性の因果関係

 2016年5月19日、世界保健機関(WHO)が発表した「世界保健統計2016」によると、日本の喫煙率は33.7%となっている。それに対して、生産性ナンバーワンのルクセンブルグは25.8%、アイルランドは22.4%、ノルウェーは22.4%、ベルギーは26.5%、そして米国は19.5%なのだ。

 喫煙と労働生産性の因果関係は、日本より労働生産性が低い国を見てもうかがえる。例えば、23位のイスラエルは41.2%、27位のギリシャは52.6%、30位の韓国は49.8%という風に喫煙率が高い国ほど、労働生産性が低くなる傾向がみられる。

 もちろん、労働生産性のすべてを「喫煙」に結びつけるのには無理がある。ただ、先ほどのオハイオ州立大学の調査からも分かるように、「たばこ休憩」の経済的損失というものは世界中で指摘されているのも事実だ。また、東京都医師会の尾崎治夫会長によると、「ニコチン依存症の人はニコチンが切れる前には生産性が落ちることが分かっている」という。つまり、喫煙者の生産性の低さを示すデータには事欠かないのである。

 「たばこを吸う人の労働生産性がガクンと上がりました」なんて画期的な研究成果がでれば話は別だが、現状では日本の生産性がなかなか向上しないことの元凶のひとつに、「職場におけるたばこ対策の遅れ」があるというのはそれほど荒唐無稽な話ではないではないのだ。

 そのようなことを言うと、「たばこ休憩」くらい認められない不寛容な社会は問題だとか、喫煙者の唯一の楽しみを奪って働かせるなんてブラックすぎるとかいう人がいるが、「たばこ休憩」の問題は非喫煙者らがとっている「ランチ休憩」や「コーヒー休憩」にオンする形で、「ちょっと一服」が何度も許されるという「優遇措置」にある。

●「たばこ」を特別扱いしてきた背景

 愛煙家はよくたばこを「嗜好(しこう)品」だという。だったら、酒のように定められた場所で、酒をたしまない人にも迷惑をかけぬように嗜(たしな)むべきなのだが、どういうわけか「たばこ」は会社へ持ち込んで、仕事中であろうが、会議中だろうが、「ちょっと一服」の一言で吸うことが許される。

 勤務中に「私は少し酒入れたほうがいいアイデアが出るんでちょっと一杯やってきます」なんて言ったら怒られるのに、なぜかたばこだけは「時と場所を選ばない嗜好品」という特別な優遇措置が与えられているのだ。冷静に考えると、これは非常に不可解なことではないだろうか。

 愛煙家の方から「分かってねえな、たばこは文化なんだよ、日本経済の今の発展も素晴らしい文学や名曲もすべて喫煙を楽しむ豊かな心から生まれたんだぞ」というご意見もあるだろうが、そのロジックなら石田純一さんではないが、不倫も文化だし、酒も大麻にもプラス面がある。にもかかわらず、仕事の合間にたばこを嗜むように愛人との逢瀬や酒を酌み交わすことは認められていない。

 じゃあ、なぜ我々は「たばこ」を特別扱いしてきたのか。

 いろいろな考察があるだろうが、個人的には「戦争」をまだ引きずっているからだと思う。よく愛煙家の中には、米国でかつてたばこが流行したのは「自由」を愛する国だからだ、みたいなことを主張する人がいるが、事実は異なる。

 米軍は、たばこを兵士たちの精神安定剤的な役割として積極的にバラまいたのだ

 ご存じのように、第一次大戦なんかは今のようなハイテク戦争ではなく、目の前にいる人間を銃剣で刺す肉弾戦だ。まともな精神ではいられない地獄のような世界で、たばこの煙を大きく吸い込んで吐くという行為は、兵士たちの恐怖心を抑えて心を落ち着かせてくれたのだ。

 それは日本も変わらなかった。

 戦局が悪化して「玉砕」を強いるようになってくればくるほど、兵士や国民に煙草が支給された。東京、大阪、名古屋など主要都市でB-29の空襲が激しくなっていく中で、たばこの産地である熊本では「突撃煙草増産運動」なるものが始まった。

 これは「決戦に年始休暇もあるまい」(朝日新聞 1945年1月6日)と銃後の女性たちが休むことなく煙草を生産し続けるというものだが、なぜそんなにしてまで「たばこ」にこだわったのかというと、死の恐怖に襲われながら「突撃」を強いられる兵士たちにとって欠かすことのできない「武器」だったからだ。

●喫煙者の生産性は悪い?

 本コラムで以前から繰り返し指摘しているが、「年功序列」「終身雇用」に象徴されるように日本企業ほど戦時体制を忠実に引き継いでいる組織はない。だから、「経済戦争」で勝利するためには個々の犠牲もいたしかたないという思考が根底にあり、旧日本軍のような陰湿なシゴキやパワハラが横行しているのだ。

 そう考えてみると、先の見えない消耗戦を強いられる日本の「企業戦士」の中に、「突撃煙草」にすがる者が一定数存在するのもしょうがない気がする。

 今国会での受動喫煙防止対策を含む法案の成立は絶望的となっている。自民党「たばこ族」の一員で竹下亘国対委員長は、塩崎恭久厚労相を「分かろうとしない閣僚」と批判したうえで、こう続けた。

 「妥協が成立しない。自分の言うことだけ通れば、政治はいらない」

 もうここには「国民の命」や「社会的損失」という視点がどっかへすっ飛んでしまっている。国際世論から包囲網をつくられているのに、自分たちだけは特別な存在だと言わんばかりに聞く耳をもたない。こうなれば、多くの国民を巻き添えにした玉砕的な戦いに突入していくのも時間の問題だ。

 「突撃煙草」の精神は平成日本にも脈々と受け継がれている。

(窪田順生)