ここから本文です

「国防部、軍隊で息子を失った親を何度も侮辱した」

6/6(火) 20:49配信

ハンギョレ新聞

国防部が「給料返還」を求める訴訟を取り下げた チェ一等兵の父親がハンギョレのインタビューに応じ 法まで改正して息子の「殉職」認めさせた

 チェ一等兵は2008年の先任兵士の暴行やいじめに耐え切れず、自ら首をつった。彼が死亡した後、4カ月間、国防部の“ミス”で給料が支給された。国防部は今年4月「超過支給された月給33万5000ウォン(約3万3千円)と督促手続きの費用6万6000ウォン(約6500円)など、合わせて40万1000ウォン(約4万円)を返してほしい」として、チェ一等兵の遺族を相手取り訴訟を起こした。今月1日、ハンギョレなどがこの事件を報道したことを受け、国防部は訴訟を取り下げた。しかし、「告訴の取り下げ」で取り戻せるには、9年間あまりにも多くのことがあった。

 父親のチェさん(57)は5日、ハンギョレとの電話インタビューで「国防部は私に電話をかけて『お金を払わなければ、月給の超過分を差し押さえることもできる』とまで言った。そして訴訟まで起こした」とし、「今月1日、マスコミに報道されてから2時間で、告訴を取り下げた。それにさらに強い憤りを覚えた」と話した。

 チェさんにとって6月は「苦しい月」だ。23日は一人息子の誕生日であり、22日はその息子の命日だ。軍でいじめられていた息子は食べる度に嘔吐を繰り返した。国軍病院の精神科専門医は「除隊して環境が変われば治る」と診断したが、2008年5月に開かれた「医務調査審議委員会」は息子の除隊を棄却した。傷ついた息子は遺書を残して誕生日の前日に、自ら首を吊った。チェさんは「父親の私が軍隊に志願するように促した。罪悪感にさいなまれている」と話した。

 息子の墓は大田国立顯忠院に設けられている。軍が「一般死亡」で処理した息子を「殉職」にしたのは、父の“罪悪感”だった。チェさんは、軍服務中に死亡した息子を国家有功者として認めてもらうため、国家報勲処を相手に行政訴訟を起こした。しかし、1、2、3審いずれも敗訴した。いかなる理由であれ、自ら命を絶った兵士は「一般死亡」であり、「殉職」にはなれないというのが法規定だった。

 チェさんは国会議員らを突き動かし、法を変えた。2011年に可決された「国家有功者など礼遇および支援に関する法」の改正案がチェさんの努力の結果だ。改正案には「軍服務中に殴打や暴言など過酷行為により精神疾患が発生した人が自傷行為を通じて死亡したり、負傷した場合、原因を究明し、国家有功者として登録できる」との内容が盛り込まれている。法改正後、国防部に再調査を申請し、死亡から8年後の昨年、息子の死は「殉職」となった。チェさんは「8年ぶりに息子が国立墓地に埋葬されたが、だとして心が休まることはない。親としてできることがこれしかなかったから、そうしたまで」としながら、言葉を詰まらせた。

 国防部は1日、チェ氏を相手取り起こした訴訟を取り下げ、マスコミに「告訴を取り下げて関連法規を改善する。遺族にお悔やみとお詫びを申し上げる」と明らかにした。そして5日午前、国防部関係者がチェさんに電話をかけてきた。彼は「制度がそのようになっており、仕方がなかった。制度を改善する」と話した。9年ぶりの「お悔やみとお詫び」だった。チェさんは「息子を軍隊に連れていく時は国家を掲げておいて、事故には知らん振りした。軍で息子を失った親を2度も3度も侮辱した」とし、「転役(除隊)するまで、国が責任を持つことを認めることから、国防改革を始めなければならない」と話した。

パク・スジ記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

最終更新:6/6(火) 20:49
ハンギョレ新聞