ここから本文です

データを確認せずに「できます!」と役員が確約した、ディープラーニング案件の末路

6/7(水) 6:10配信

@IT

 「開発残酷物語」は、システム開発会社比較検索サービス「発注ナビ」ユーザーのシステム開発会社の方々に過去の失敗事例をお話しいただき、契約で押さえるべきポイントやプロジェクト運営の勘所を読者諸氏と共有し、これから経験するトラブルを未然に防ぐことを目的としている。

【山本一郎氏 個人投資家/作家。三児の父にして、介護と社会保障とサイバーセキュリティを生業とする。】

 聞き手は、山本一郎氏。今回、失敗談をお話しいただいたのは、「コンピュータマインド」の常務取締役 萱沼常人氏だ。

 同社は山梨県に本社を構え、東京都新宿区に東京本社を置き、沖縄にも事業所がある。従業員数130人ながら、制御系、金融系、業務系など、幅広い分野でのソフトウェア開発を行う同社は「ソフトと名の付くものは全て手掛ける」(萱沼氏)というスタンスだが、近年では数学分野に強いエンジニアを積極的に採用して「AIチーム」を構成し、ディープラーニング(深層学習)分野の開発も積極的に行っている。

 「御社の規模で、ディープラーニングに取り組んでいる会社は珍しいですよね。今なら、勢いに乗ってグワーっと攻められるんじゃないですか?」と山本氏。

 確かに、現在ディープラーニング分野を手掛けているのは、大手SIerか新進のベンチャー企業がほとんどで、同社のような中堅企業は珍しい存在といえる。

 「当社の規模ですと、何かしらの会社としての強みを持たなければ生き残れません。そこでこの分野に目を付け、少しずつ取り組み始めて、ようやく事業化できたところです。グワーっといきたいのですが(笑)、数学に長けているエンジニアが足りておらず、なかなかそうもいきません。中には数学オリンピックの予選に出場した人物もいるのですが、そうした数学を得意とするエンジニアは、残念ながらまだ全体の1割程度でしょうか」(萱沼氏)

 今回、事例として伺った失敗談も、そうした同社のAI分野への取り組みの初期段階で発生したものだった。

●ディープラーニング案件の成否は、基になるデータ次第

 それは、まだAI分野への取り組みを事業化する前の話だったという。制御系の開発を行っている関係もあり、顧客企業から製品の外観検査にディープラーニング技術を導入したいと相談されたという。

 「AIを強みにしたいと考えていた当社にとって大きなチャンス。お客さまから学習データを頂く前に『成果を出せます』と言い切ってしまいました」(萱沼氏)

 しかし、データの粒度が粗かったこともあり、結果的にクライアントが望むほどの成果が出せなかったという。

 これまでにマーケティングや物流の分野でAI導入に携わってきた経験がある山本氏も、ディープラーニング案件の成否にはデータのクオリティーが重要だという。

 「機械学習全般に言えますが、導入するのであれば、ノイズを除去するなど、あらかじめデータにクレンジングをかけておく必要があります。データ量に対して結果がリニアに付いてくるわけではないので、お客さまもそうした認識を持っていないと、期待した結果は得られません」(山本氏)

 もちろん、萱沼氏もそうしたことは承知していた。

 「しかし、これから実績を築いていこうという時だったので、『やります!』と引き受けてしまいました。NDA(秘密保持契約)を取り交わした後に実際のデータを見たら、これが粗かった……」(萱沼氏)

 営業が安請け合いした結果、エンジニアにお鉢が回ってくるのはよくある話だ。現場の反応はどうだったのだろうか。さぞ険悪な雰囲気になったのではないかと期待して、当時の状況を問い詰めたところ……。

 「ボクたち、やりたかったんです」――思わず会話に割って入ったのは、対談を後ろで見ていた同社のエンジニアだ。

 「私が勝手に動き回って取ってきた仕事だったんですけれど、最新技術ということもあり、技術指向のエンジニアたちが『やってみたい』と言ってくれました。予定より長い期間のプロジェクトになりましたが、みんな頑張ってくれて、それが今のディープラーニング事業の礎にもなりました」(萱沼氏)

 (「うん、うん」とうなずくエンジニア)。

 「うわっ! いい会社だ。私が現場のエンジニアだったら絶対に逆上してますね。『どうしてそんな仕事取ってきたんだ』と、ダイナマイトを投げ合う(笑)」(山本氏)

 「あの時は、エンジニアたちに助けられました」(萱沼氏)

●AI=ディープラーニングではない

 そもそも、人間の手で判断基準となる対象物の特徴(パラメータ)を調整していく「機械学習」と、判断基準そのものを自分で学習して見つけ出していく「ディープラーニング(深層学習)」との違いが、世間にはあまり周知されていない。

 「AI(人工知能)という言葉の適用範囲が広過ぎるのかもしれません。クラウド、ビッグデータ、IoTなどもそうですが、言葉の定義が曖昧ですよね。何でもかんでもディープラーニングというのはどうなのか。例えば良品と不良品の検品ならば、センサーと制御で十分だし、より高度なものでも、パターンマッチング法でベイズ確率による推定を使った機械学習で効果が得られるでしょう。人工知能、ディープラーニングといった流行の技術よりも、枯れたアルゴリズムの方が成果が出しやすい事例も多いと思うんですが」(山本氏)

 もちろん、ディープラーニングの導入で解決できる課題も無数にある。しかし課題によっては、投資に見合う効果が得られないこともある。

 「お客さま側でもディープラーニングがどういうものか分かっている方は少なく、『とにかくAIがスゴイらしい』と。それで、社長が『うちもAI導入だ』と言えば、現場担当者は、何かしなければいけない。でもどうすればいいか分からない。それで相談に来られるケースも多いですね。上を説得する材料が欲しいと(笑)」(萱沼氏)

 「現状では、お客さまの思惑と、開発サイドの思惑との間にズレがある。どうも同床異夢になっている気がしてなりません。そこのところをきちんと説明していかないと、やがて、お客さまが離れていってしまうのではありませんか?」(山本氏)

 同社では、その後、受注の際、顧客に導入効果を丁寧に説明するようにしたという。結果が見込めない分野では、はっきりそのように伝えることもある。

 「それでもというお客さまには、当社の持ち出しで、事前に小規模なトライアルを行うことにしています。その上で、『このデータの粒度なら、これぐらいの結果が得られます』と説明し、納得していただいた上でお引き受けしています」(萱沼氏)

 「それはいい。持ち出しでというのは厳しいですが、後々の信頼につながるでしょう。パイロット版がうまくいかないと、そのプロジェクトは大抵沈みます。またデータ周りの受発注で言えば、どうしても『思ったようなパフォーマンスが出ないとすぐに解約になりやすい』ところはありますよね」(山本氏)

●なぜ、世の中の社長はAIを導入したがるのか

 「どうして世の中の社長は、そんなにディープラーニングを導入したがるんでしょう?」(山本氏)

 世の中の経営層は、ディープラーニングに過度な期待を抱いているのではないかという指摘だ。

 「新聞でも毎日のようにAIに関する記事が掲載されています。先ほども申し上げたように、全ての経営層がディープラーニングについて、どのようなものか理解しているわけではありません。『これさえ導入すれば、自分が見落としていたものを教えてくれる』と考えてしまうのではないでしょうか」(萱沼氏)

 「そこを教えていくのも開発会社の仕事かもしませんね」(山本氏)

●新技術の案件を受けるときの注意点

・受注の際、顧客に導入効果を丁寧に説明する
・小規模なトライアルを行い、見込まれる効果を説明する
・顧客にその技術でできること、できないことを教えていくのも開発会社の仕事

次回も、山本一郎氏が「炎上」事例を斬る!

 次回以降も山本一郎氏が、開発会社の炎上事例をぶった切ります。お楽しみに。

●発注ナビとは
「発注ナビ」は、システム開発を中心としたITサービスに特化した会社の検索・比較サイトです。
システム開発を検討している発注者をサポートし、日本全国の数ある開発会社の中から最適な発注先を見つけられるよう、さまざまなサービスを展開しています。

最終更新:6/7(水) 6:10
@IT