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ペニシリン千聖 ソロデビューから20年、過去の曲が新しい輝きでロックするベスト発売/インタビュー1

6/7(水) 16:00配信

エキサイトミュージック

 
■千聖/20th Anniversary Best Album『Can you Rock?!』インタビュー(1/4)

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PENICILLINのギタリストとして、また同時にソロプロジェクトのCrack 6の中心人物としても、常にロックしている千聖。彼がソロアーティストとしてデビューしたのが1996年。デビュー20周年を記念して6月7日に発表されるのがベストアルバム『Can you Rock?!』だ。ファン投票によって選ばれた15曲(限定盤には14曲)を全て録り直して、さらに新曲1曲も収めている。オリジナルバージョンを大きく崩すことなく、それでいて20年で培ったものも注入。過去の曲が新しい輝きを持ってロックする。最高の仕上がりという意味も持つ本当のベストアルバムが誕生した。千聖に当時のことなども、相変わらずのギャグを暴発させながら語ってもらった。
(取材・文/長谷川幸信、撮影/コザイリサ)

ソロデビューは自分でも曲の行く末が分からなくてドキドキして楽しかった

――ソロデビュー20周年を記念してリレコーディングしたベスト『Can you Rock?!』を6月7日に発表しますね。改めて振り返ってほしいんですが、所属するバンドであるPENICILLINがメジャーデビューした年に、ソロデビューも果たしました。自分からソロもやりたい、と当初から考えていたからですか?

千聖:始まりは……PENICILLINの千聖を、なぜか当時の徳間ジャパンの制作本部長さんが気に入ってくださりソロデビューさせたい、という話からだった気がします。自分としては「本当、オレで良いの?」って感じだったけど、あちらも乗り気だった覚えがあります(笑)。その話が来た時は、まだPENICILLINもデビューしてなかったタイミングで、何をデビューさせるのかもよく分かってなかった。自分のインストアルバムを作りたいのか、それとも(別なボーカルなどを入れた)別のユニットを組んでほしいのか。それでも人にこんなに求められることがなかったので、皆さんがいいというならOKですよって引き受けて。歌モノだって話も聞いていて、実際にデビューに向けて動き出した時、誰が歌うんですかねって質問したら「会議では、すでにあなたが歌うって話でしたが……」って(笑)。

――決まったら決まったで、ソロでやりたいことも次の瞬間から湧き上がっていたんですか?

千聖:というより、ものは試しにやってみようという気持ち。ぶっちゃけ、失敗してもいいかってぐらいの感覚。いい結果になったら儲けものだなと思って。あと、ソロに対しては実験もあった。PENICILLINは、いくら自分がリーダーであっても4人編成のバンドの構成員の一人だから。ソロで自分の音楽性もいろいろ試したいって。ロックだけじゃなくて、ジャズとかポップスとか、好きだったいろんなジャンルを、自分の曲として聴かせることのできるチャンスかなと。

――もともと音楽的には雑食だったんですかね?

千聖:そうですね。PENICILLINでは自分の高校生以降の音楽性が色濃く出ていて。17~18歳ぐらいからハードでダークな感じがすごく好きで、そのテイストですよね。でも十代前半のころに聴いていた音楽は、PENICILLINにはそんなに色濃く出ていなかった。

――中学生ぐらいのときは、まだギターは手にしてなかったんですか?

千聖:手にするか、しないかぐらい。手にしてからはギター中心のハードな音楽が好きになっていったから。その前はアメリカンポップスとかUKポップとかが好きだったんです。80年代前半から中盤ぐらいの音楽。小学5~6年生ぐらいの時、音楽的にAORが全盛期で。そういう耳障りのいい音楽が好きだった。それでまぁ、せっかくメジャーだし「耳触りの良い曲調で……」と考えながらソロ用のデモでいろんな聴きやすいの曲を5曲ぐらい作ったんですよ。そしたらその制作本部長さんから全部、ボツを食らって(笑)。理由を聞いたら、もっと千聖くんらしいロックギターガンガン!っぽいやつを作ってよ、ということで。それ……早く言ってよ、という話だけどね(笑)。ただ、これは違うだろうなって予備で作っておいた曲が、そのギターっぽいやつなんですよ。それを最後に聴かせたら、これは良いねって。その曲こそが、96年9月に発売したデビューシングル「DANCE WITH THE WILD THINGS」のデモ。

――自分としては意外な曲にOKが出たから、スタート当初は手探りに近い感覚も?

千聖:正直全員が手探りに近い。制作本部長さんに、他の曲がなぜボツなのか?ポップな感じだし別に悪くないでしょ?ってことを聞いたら、すごくカッコいいロジックを持っていらして、僕の立ち位置とか世間でどう見られているのかとかホワイトボードに書き込みながら、どこかのセミナーの講義や講習を受けるみたいになって(笑)。なるほどな、分析しながら考えるのも大事だなと思って、「DANCE WITH THE WILD THINGS」を筆頭に、曲を新たに1から作っていったんです。それが最終的に1stアルバム『ORGANIC GROOVER』(1996年11月リリース)になったのかな。

――自分の中でも指針が見えてきたんですか?

千聖:その、ようやくOKもらった「DANCE WITH THE WILD THINGS」のデモからさらに次もあって。T2yaクンという徳間ジャパンに所属していたアーティストがマニピュレーターとして関わってくれたんですよ。デスクトップミュージックがまだそんなに主流じゃない当時、彼は打ち込みをバンバンやっていて。今でいうデジロックですよね。ものすごいたくさんのインパクトのある打ち込みを僕のギターに混ぜるというワザを繰り出してきて。ただ、今度は他の周りの人から反対をされたんですよ。千聖のイメージはもっとハードロックくさいやつじゃないの? 生のロックサウンドじゃないのかって。でも自分も制作部長も、ソロのプロデュースをしてくれた重盛(美晴)さんも、この千聖のギターとデジロックのスタイルはおもしろいと。ジャングルビートとかいろんなループサウンドがものごく入っているんで。今回、録り直すにあたって、未だに自分でも気づいてなかった打ち込みを発見して。O-JIROに全部分析してもらって、これもあれもそれも入ってないってことが分かって、トラックダウン直前に打ち込みを新たに作り直すってこともしたり(笑)。デジタルサウンドを濃厚に採り入れた音楽は今では珍しくないスタイルだけど、21年前当時は新しいスタイルだったと思うんですね。

――千聖自身、ソロでやるからには今までにない新しいものを作りたいという欲求も相当、高かったんですか?

千聖:その何年か前にSOFT BALLETが結構好きで、そういうスタイルに自分のギターをガンガン乗せたらカッコいいのにって思った時期があったんだけど、まずバンドではできないスタイルじゃないですか。ソロだったら確実にありだなと。スタイル的にも気持ち的にも、バンドとソロの棲み分けが綺麗にできるなと思って。それに初めて感じたのが、自分でも作った曲の行く末が分からなくてドキドキして楽しかったこと。音楽にはこういうコラボレーションの仕方もあるのかと。あと2ndシングル『Kissin' the moonlight』(1996年10月リリース)のカップリングで「Fake Of Love」という曲があるんですけど、2ndシングルは実は僕やスタッフはそれを表題曲にするつもりだったんです。ところが本部長から新しく曲を作ってと言われて(笑)。当時の徳間のディレクターの皆さんは、譜面も書けるし、楽器もある程度できる多彩な人達で。これがダメだとか、ここを直してとか、バンドでは経験したことないぐらいいろいろ指摘されて。とくにメロディラインを指摘されるのは初めてでしたね。いい意味で、自分の当時のセオリーを覆されて、作曲する時の対策と傾向も徐々に分かっていったんです。3rdシングル「falling over you」(1996年11月)も、原曲は予備で一応持っていったやつだったんですよ。ボツのひとつになると思っていたら、これが一番いいじゃないかと(笑)。そんなこともありましたけどね。