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「川相3軍監督を1軍に」11連敗の巨人へOB広岡達朗氏が打開策

6/7(水) 15:02配信

日刊ゲンダイDIGITAL

「高橋(由伸)監督は現役をやめてすぐに監督になった。指導者としての下積みがないのに、やれという方が無理な話です。任命する方が悪い。ファンをバカにしていますよ」。こう言うのは、巨人の重鎮OBである広岡達朗氏(85)。昨6日の西武戦に敗れて球団史上ワーストタイの11連敗。中日に抜かれて5位に転落した。そんな巨人の現状をどう打開すべきか。再建策を聞いた。

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 この日、日本ハムからFAで移籍してきた陽岱鋼が初めて1軍で出場しました。今まで何をしていたんだ、と言いたくなります。キャンプ早々にケガをしてここまで休んで、昔の巨人なら許されませんよ。私が現役のころ、大投手の金田正一が国鉄(現ヤクルト)から巨人に移籍してきた。練習も一生懸命やるし、体にも細心の注意を払う。そんな姿を見て、助けてやりたいと思ったものです。

 今年の巨人はこの陽をはじめ、投手ではDeNAから山口俊、ソフトバンクから森福をFAで獲得しました。いくら勝たなければいけないといっても、外から取って取って取りまくり、それも故障者ばかり。本当なら(堤)GMはクビです。村田なんて年俸2億円以上ももらっている選手なのにベンチを温める試合が多い。三塁でマギーと競争させればいいんです。

 一方で、補強に頼るばかりでドラフトで獲得した選手をどう育成してチームを強くするかということをやっていない。楽をしてチームを強くしようとしても、獲得した選手が働かなければこうなるのです。

 たとえば(08年ドラフト1位)大田泰示が昨オフ、トレードで日本ハムに移籍し、芽が出始めました。彼は背丈(188センチ)があって肩も強い。これはいい選手になると思ったものですが、巨人は育てきることができませんでした。

 指導者に問題があると言うしかありません。「こうやって足を上げて打て」などと理屈ばかりを言う。「やらせてます」と言うかもしれませんが、頭でわかっているというレベルでは本当に理解しているうちには入らない。練習を重ね、無意識に体が動くというレベルまで到達して初めてプロと言えるのです。

■村田HCに電話し「もっと言え」

 ヤクルト監督時代(76~79年)、当時の松園オーナーから「縁があって取ったドラフトの選手を一人前にしてくれ」と言われました。優勝するまで代行監督時代を含めて3年かかりましたが、選手それぞれ成長が早いか遅いかという違いはあれど、正しいことをやったらうまくなる、人は育つと信じています。

 試合を見ていても、今の巨人はバントミスやら守備の乱れが目立ちます。守備でいえばキャッチボールからおざなりになっているんじゃないかと思います。今の子たちは送球時の人さし指の使い方がうまくない。だから送球が安定しない。

 それに巨人の選手たちは心なしか太っているように見えます。村田も阿部も、菅野もそうです。みんなずんどうでユニホーム姿が映えるのは坂本くらいです。ウエートトレーニングが主流とはいえ、目方だけ増えたらパワーがつくと思っているとしたら間違いです。キャンプから基本となる走り込みをしっかりやっていないからでしょう。

 監督たるもの、コーチを育てるという意識で臨まないといけない。高橋監督は経験がないから難しい部分はあるけれども、やれることはあります。彼はベンチでサインを出さないでしょう? 監督なんですから、一番前に立って戦うべきです。キャンプで選手にやらせたことがサインの裏付けになるわけですけど、そういうものがないから出せないのかもしれません。

 加えてコーチはもっと、「指導に責任を持て」と言いたい。選手のデキが悪いのは教育が悪いのです。生え抜きでも外様でも関係ありません。最近、村田ヘッドコーチがマスコミを通して選手に厳しいことを言っています。僕は彼に電話をして、「どんどん言いなさい」と言ったことがあります。弱いチームを強くするためには選手が成長しなければならない。今は選手に遠慮がちで厳しいことを言うコーチが少ないと感じます。

 投手が悪いなら尾花コーチの責任、内野守備が悪いなら井端コーチの責任。コーチがそう思われるのが恥だと思ったら、もっとチームは強くなります。

 今の巨人にできることがあるとすれば、3軍監督の川相を1軍に引き上げるのもひとつです。川相は現役時代、バントも守備もしっかりやった。巨人から中日に移籍して、指導者として戻ってきた。他球団で勉強し、巨人の良い部分も分かっています。川相ならそういうことを総合して教えることができるはずです。こういう人材が今の巨人には少ないのも問題です。

▽ひろおか・たつろう 野球評論家。1932年、広島県生まれ。呉三津田高、早大を経て54年に巨人入団。66年オフに現役引退後、広島、ヤクルトでコーチを務め、76年からヤクルト監督を4年、82年から西武監督を4年務め、計8年間で優勝4回、日本一3回。95年にはロッテで日本球界初のGMに就任した。

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