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サラリーマンの味方「切腹最中」は、なぜ1日に7000個も売れるのか

6/7(水) 8:17配信

ITmedia ビジネスオンライン

 「大事な書類をなくしてしまった」「ミスで会社に損害を出してしまった」――。仕事をしていて、大きな失敗をしたことがある人も多いのでは。そんなとき、どうすればいいのか。

【さて、お味は?】

 パナソニックを一代で築き上げた、松下幸之助のように「失敗したところでやめるから失敗になる。成功するまで続けたら、それは成功になる」と言ってくれればいい。しかし、世の中にはそんな悠長に構えてくれる人ばかりではない。「すぐに、謝りに来い!」と怒鳴られた場合、どうすればいいのか。

 そんな人にオススメの商品がある。「切腹最中(せっぷくもなか)」だ。JR新橋駅から徒歩10分ほどのところに「新正堂(しんしょうどう)」という和菓子屋があって、そこで販売しているわけだが、平日にもかかわらず店の前にはサラリーマンの行列ができることも。目当ては、もちろん切腹最中である。

 謝っても許してもらえそうもない、どうしよう――。このような状況に追い込まれたサラリーマンが、最後の手段として切腹最中を持参するのである。もちろん、手土産を持参したからといって許してもらえるかどうか分からないが、藁(わら)にもすがる思いで店の暖簾(のれん)をくぐっていくのだ。

 ここで疑問がひとつ。お詫びの気持ちを伝えるために購入する人が多いそうだが、新正堂に聞いたところ「そんな目的でつくったわけではない」という。では、なぜこのような動きが広がったのか。また、大々的にPRをしていないのに、多い日になぜ7000個以上も売れるのか。2つの謎を解くために、同店の渡辺仁久社長に話を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

●家族から大反対された「切腹最中」

土肥: 一般的に最中というと、薄く焼いた皮の中に「あんこ」が入っていますよね。でも、切腹最中は違う。あんこの量が多すぎて、皮が閉じていません。しかもそのあんこが光沢を帯びているので、「甘いのかなあ」と感じたのですが、実際に食べてみるとくどさがなく、口の中に入れると溶けていく感じ。

 さて、この切腹最中を手にするために、多くのサラリーマンが店に足を運んでいますよね。取材前(平日の午後2時ころ)に、ちょっと観察したところ、8~9割がスーツ姿の男性でした。和菓子屋といえば一般的に女性客が多いのに、なぜ男性……しかもサラリーマンが多いのか。その話を聞く前に、切腹最中ができた経緯を教えていただけますか?

渡辺: いまから30年ほど前、父が経営していた印刷会社を受け継ぎ、そこで兄と一緒に働いていました。そんなときに、新正堂を運営していた義父から「菓子屋をやらないか?」と持ちかけられたんですよね。断わるわけにもいかず、お店で働くことに。でも、全くの素人だったので、仕事が終わってから、夜は製菓学校で和菓子とは何かをイチから学んでいました。

土肥: 当時の看板商品は何だったのですか?

渡辺: 「豆大福」でした。お客さまからは「日持ちのする菓子をつくってくれないか?」、義父からは「ヒット商品をつくってくれないか?」といった話があったのですが、豆大福がよく売れていたので、なかなか手をつけることができませんでした。

 数年後、義父が体調を崩して亡くなりました。残された私に「日持ちのするお菓子をつくらなければいけない」「ヒット商品をつくらなければいけない」という言葉が重くのしかかってきたんですよね。日持ちのいいお菓子といえば最中かな。でも、どんな最中にすればいいのか。悶々としていると、ふとこんなアイデアが浮かんできました。「店は、忠臣蔵でおなじみの田村屋敷の跡地にある。浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が切腹した場所だ。この地にちなんだ商品をつくることはできないか」と。

 そして、紙に「切腹最中」と書きました。和菓子の商品名に「切腹」はダメかなと思い、「義士最中」「忠臣蔵最中」などと書いてみたのですが、どうしても最初に書いた「切腹最中」が気になって気になって、仕方がなかった。でも、家族からは大反対でした。「切腹とは何事だ!」と。でも、どうしてもあきらめることができませんでした。

 ほかの人の声を聞くためにアンケート調査を行ったところ、119人中118人が商品名について否定的な回答でした。散々な結果に終わりましたが、1人は肯定的。その声にかけてみようと考え、「切腹最中」を発売することに。1990年のことでした。

土肥: 周囲からは大反対、アンケート調査でもダメ。そうした状況の中で、いわば“強引”に発売したわけですが、売れたのでしょうか?

●客がマーケットをつくった

渡辺: 義父からは「1日に80~100個売れれば、ヒット商品だ」と言われていたのですが、全くダメでした。ただ、豆大福はよく売れていたんですよね。しばらく、おんぶにだっこ状態が続いていたのですが、徐々に売り上げが減少していきました。このままではいけないということで、喫茶店などを回って、店で販売してもらうことに。なんとか置いてもらっていたのですが、やがて大手菓子メーカーがやって来て、その会社の商品に取って代わっていきました。

 では、そのころの切腹最中はどうだったのか。忠臣蔵ファンの人たちの間でちょっと話題になっていて、徐々に売れていました。でも、まだまだ「ヒット商品」と呼べるほど成長していませんでした。

土肥: 豆大福の売り上げは右肩下がり。周囲の反対を押し切って販売した切腹最中も、まだまだといった感じ。何がきっかけで、売れていったのでしょうか?

渡辺: ある日、証券会社の支店長が店に来て、このように言いました。「お客さまに勧めた株が大暴落して、その人は2000万円ほどの損失を出した。これからお詫びに行くのだけれど、何かいい手土産はないか」と。私は「切腹最中」を差し出して、「『詰め腹を切ってきました』と言えば、お客さんも許してくれるのでは?」と冗談で言ったところ、その支店長は本当に買っていきました。

 1週間後、支店長は再び、店にやって来ました。「『切腹最中』を持っていったら、笑って許してくれたよ」と言っていて、そのときには「そんな使い方があるのか」と軽く考えていました。

 証券会社の支店長はその後、支店長が集まる場で、このエピソードを話されたようで。それをたまたま取材していた日本経済新聞社の記者から「話を聞かせてくれないか」と連絡があったんですよね。嬉しくて、嬉しくて。私は忠臣蔵の話をたくさん話したのですが、新聞には「兜町で大人気、お詫びの品に切腹最中」と書かれていました。

土肥: 忠臣蔵のことは、ひとことも出ていない?

渡辺: はい、残念ながら。でも「お詫びの和菓子」という形で紹介していただいて、さまざまなところから声がかかるようになりました。全国の百貨店だけでなく、羽田空港などでも発売することに。

土肥: いまではどのくらい売れているのですか?

渡辺: 1日2000~3000個くらいですね。12月14日の討ち入りの日が近づいてくると、7000個以上売れることも。和菓子屋というのは2~3月はあまり忙しくないのですが、この時期に切腹最中を買う人が多いんです。人事異動になった人や定年退職する人が、お世話になった人に「小さなお詫びと感謝を込めて」贈るケースが多いですね。

土肥: 商品開発したときには「お詫びの手土産用に」なんて考えていなかった。その後の売れ方をみると、“お客がマーケットをつくった”とも言えますね。

渡辺: ですね。

●レシピは門外出まくり

土肥: 切腹最中の売り上げが伸びていくわけですが、とはいってもおいしくなければここまで広がるはずはないと思うんですよ。「このたびは申し訳ございませんでした。お詫びのしるしにコレを……」と言って渡しても、味がイマイチだと火に油を注ぐことになるかもしれません。「こんなモノを持ってきやがってーっ! コノヤロー!」と。

渡辺: 以前、あんこは2~3回煮込んで、アクをしっかり取っていました。でも「もったいないなあ。ひょっとしたら、小豆の旨味を捨てているのでは?」と考え、いまは1回だけ煮込んでアクをあえて残しているんです。一般的な方法ではありませんが、食べた後にふわっと香るあんこの匂いを感じていただけるようになったのではないでしょうか。

 個人的に、最中の皮が上あごにくっつくことが大嫌いなんですよね。くっつかないような「サクサクした皮をつくる」ために試行錯誤を重ねてきました。で、どうしたかというと、上質なもち米を使って、水分を少な目にして焦がしているんですよね。

 また、砂糖は上白糖を使っていたのですが、いまは「鬼ザラ糖」。糖度が高いのですが、さっぱりとした甘さが特徴なんですよね。価格はちょっと高いのですが、「おいしい」と感じてもらうために、この砂糖を使っています。あと~~~ペラペラペラ~~~。

――このあとも、渡辺社長は切腹最中のレシピを語りまくる。

土肥: しゃ、社長。メディアの人間として、いろいろお話しいただけるのはうれしいのですが、あまりペラペラ話してしまうと、ライバルが味を真似してくるのではないでしょうか?

渡辺: いや、そんなことは全く気にしていません。

土肥: 気にしていない? どういうことですか?

渡辺: 菓子業界の人が参加するセミナーなどでも、レシピは何度も話してきました。「あんこのおいしい作り方を教えてください」という相談があれば、気にせずご紹介しています。

土肥: レシピはその……門外不出ではないと?

渡辺: 門外出まくりですね。なぜそんなことをしているのかというと、おいしくない店がたくさんあるから。消費者は、おいしいあんこが詰まっている和菓子を食べたいですよね。だから、当店の味を真似たいという人がいれば、お伝えするようにしています。

●領収書を求めない

土肥: 切腹最中を購入したサラリーマンを観察していると、ある行動に気付きました。店の外を出て、サラリーマンは何をするのかというと、すぐにスマートフォンを取り出す。そして、地図アプリを立ち上げる。謝罪に行く会社にどうやっていけばいいのか、調べているのではないでしょうか。

渡辺: かもしれません。店は午前9時にオープンしているのですが、開店前に並んでいるサラリーマンもいます。おそらく、朝イチで謝罪に行くのではないでしょうか。話はちょっと変わりますが、仕事で手土産を買う人って、領収書を求めるケースが多いですよね。

土肥: はい。

渡辺: ただ、真剣に謝ろうとしている人は、領収書を求めないんですよ。どんな失敗をしたのかは分かりません。しかし、必死さや悲壮感のようなものが漂ってくる。そうした人を目の前にすると、声はかけませんが、心の中で「がんばってください」と言って手を合わせるようにしています。こちらは最中を提供することくらいしかできませんが、少しでもお役に立てればと。

土肥: ちなみに、私はサラリーマン人生を20年ほど送っていますが、まだ切腹最中を購入したことがありません。できれば、これからも買わずに終えたい。

渡辺: いえ、お待ち申し上げます(笑)。

(終わり)