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「クラウドは安くもないし、速くもない」――それでもマツダがAWSを導入した理由

6/7(水) 10:26配信

ITmedia エンタープライズ

 今やシステム構築の選択肢として当たり前になりつつあるクラウド。最近では、自動車業界が熱い視線を送っている。コンピュータで製品の設計や事前検討を行うCAE(Computer Aided Engineering)分野で、クラウド活用のニーズがあるためだ。

【マツダのAWSシステム構成図】

 ロードスターやデミオ、アクセラといった人気車を展開するマツダも、CAEのためにクラウドを導入した企業の1つだ。衝突時のシミュレーションに活用しているとのことだが、彼らはこう語る。別にクラウドは安くもないし、速くもない――。

 そんな同社が、それでもクラウド導入に踏み切った理由はどこにあるのだろうか。

●リソース不足に悩む研究者たち

 マツダでCAEの研究を行っている小平剛央さんは、深刻なコンピューティングリソースの不足に悩まされていた。高性能かつ軽量なフレームを設計するには、部品の材質や形状、厚さといった諸条件を変化させながら、目標の重量や強度をクリアする最適な解を探すため、大規模な並列処理が必要となる。

 もちろん、社内にはオンプレミスのスーパーコンピュータがあるものの、近年、CAEで解析する領域が拡大するにつれて、計算量も増加。膨大なコンピューティングリソースを使う最適化計算を行うときは、オンプレミスのリソース上限を超えてしまうことも多かったという。

 「本当にどうしようもないときは、長期連休中など他の部署が動いていないときに、IT部門の人にお願いして、スーパーコンピュータのリソースを借りるといったこともありました」(小平さん)

 今回、次世代車両の軽量化計算に向け、どうにかして、オンプレミスの上限を超える分のリソースを確保できないか……そんな相談を受けた同社のIT部門が目を付けたのがクラウドだった。しかし、クラウドを検討し始めた2015年ごろは、導入の可能性は全くと言っていいほどなかったという。その大きな理由は“圧倒的なコスト差”にあった。

●クラウド導入に踏み切るきっかけ

 マツダでは、数千ノード級のスーパーコンピュータを一括導入することで、コストを大きく抑えている。電気代などのファシリティコストを考慮したとしても、その価格差は10倍以上。もはや「議論にならないレベルだった」という。

 もちろん、オンプレミスのスパコンにも課題はあった。依頼を受けてから構築が終わるまでに約6カ月を要し、ビジネスの変化に対応しにくい上、小平さんのような突発的なニーズにはほぼ対応できない。

 「スパコンの処理性能については、ムーアの法則を超えるレベルで増強していますが、それでもさまざまな局面で機会損失を生んでいたのは事実です。導入をするしないにかかわらず、検討は続けるべきだと考え、方法を模索していました」(マツダ ITソリューション本部 エンジニアリングシステム部 CAE/CATグループ リーダー 鐡本雄一さん)

 そんな鐡本さんがクラウド導入に踏み切るきっかけとなったのが、日本自動車工業会(自工会)での経験だ。鐡本さんはCAEクラウド調査タスクのチーム員として、CAEクラウドのベンチマークや調査などを行っており、チームの代表を務める本田技研工業の多田歩美さんなどとの出会いもあり、利用へ向けた本格的な検討を始めた。

 クラウド検討時に鐡本さんが気を付けたポイントは5つある。セキュリティ、ソフトウェアライセンスのコスト、計算速度、内製システムとの連携、ベンダーロックインだ。

 セキュリティ面は、漏えいしても実害がないデータモデルにすることで対処し、CAEソフトウェアのライセンスは、クラウド利用をカバーした契約内容に変更することにした。クラウド利用は恒常的なタスクではなく、突発的なタスクに絞ることに決め、内製システムとの連携は行わず、ネットワーク接続や利用ポータルも使わないことにした。

 さらに、クラウドへの投資対効果をはっきりさせるため、利用については情シスがコントロール。ユーザー部門が単独でクラウドを使うことは禁止している。

 「IT部門は基本的に投資部門なので、ROIの可視化は必須と言えます。今のところ、ユーザー部門単独での利用は禁止していますが、トレンドを考えると、早晩破綻すると思っています。その際はまたルールを考え直す必要があるでしょう。今回決めたルールは、あくまで現時点のおいて、妥当と考えたものにすぎないのです」(鐡本さん)

●価格優位性があったAWSを採用

 今回はこうした条件のもと、衝突シミュレーションのサンプルを中心とした1500サンプルを期間内に計算できるベンダーのうち、最も安価であったAWSを選択。事前ベンチマークの結果、「スパコンを上回ることがない」と分かった計算速度については、過度な追求をしないことに決めた。

 導入の結果、最適化計算を1週間で300サンプル処理することができ、無事に車体軽量化の計算を終えることができた。技術検証のスピードに貢献することが分かった一方で、計算結果がずれる可能性があるなどの課題も見えたと小平さんは話す。

 「今回は、あくまで1つの案件でクラウドを利用できただけにすぎません。今後はAWS内でも、社内と同じ計算環境やポスト処理をできるようにし、AWSが提供するデータ分析技術も活用していきたいと考えています。そのためには、ユーザーサイドもクラウドの知識は必須になると感じました」(小平さん)

●バージニアリージョンのサービス障害であわや……

 利用を通じてメリットと課題が見えたのはIT部門も同様だ。2017年3月にバージニアリージョンで発生したサービス障害においても、Amazon S3を使っていなかったマツダのシステムは被害を受けなかったものの、「クラウド利用のリスクを検証するいい機会になった」と鐡本さんは言う。そして、もっと早くしてほしいし、安くしてほしい、というのがAWSへの要望だ。

 「AWSはこれまで60回以上値下げしているわけですが、われわれとしてはまだまだ高いと思っています。スピードについても、スパコンよりも早くなければ、オンプレとの比較で負けてしまう。CAEソフトウェアのライセンスコストも、現状ではクラウド利用に向いたメニューがあるとはいえません。ベンダーを含む全てのプレイヤーが、クラウド環境への最適化を図らなければ、CAE分野でのクラウド活用は進まないと思います」(鐡本さん)

 それでもクラウドは有用だ――そう感じたからこそ、マツダはAWSを導入し、セミナーに登壇した。今回はAWSを採用したが、自社の要件に合わせて適切なクラウドを選べるよう工夫するべきだという。クラウド活用の方法は企業によって異なるため、まずは実際に使ってみることが大事だと鐡本さんは話す。

 「自社事例など、情報の公開なども大事だと思います。それぞれの企業が使った結果や知見を公開して、ベンダーなどの各プレイヤーに要望を出していく。クラウド利用の環境が整うようにするには、こうした活動を繰り返すことが大切ではないでしょうか」(鐡本さん)