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森脇健児 マラソン芸人転向のきっかけは「月給800万円から8万円」への転落

6/7(水) 18:10配信

東スポWeb

 タレント・森脇健児(50)が7日、都内で行われた映画「パトリオット・デイ」(9日公開)のPRイベントに出席した。

 本作は2013年に米ボストンマラソンでの爆弾テロを描いた実話。芸能界屈指のランナーとして知られる森脇は「一度、出てみたいが制限時間が4時間で厳しい。僕のベストタイムは4時間11分。それに毎年、僕にとっての“五輪”である『オールスター感謝祭』(TBS)の翌週に行われるので、コンディション的にも難しい」と語った。

 東京で夢破れて、関西でくすぶっていた森脇は2003年、同番組の芸能人マラソン大会に出場して優勝。芸人人生の転機となった大切な番組だ。

 1990年代、その後に国民的グループとなるSMAPと共演した「夢がMORI MORI」(フジテレビ系)などで人気絶頂となった森脇は、全盛期にレギュラー番組12本を抱える売れっ子だった。

 ところが、30歳のころに東京での仕事がなくなり、関西に帰った。森脇は「月給800万円から8万円、つまり100分の1になった。1000万円のベンツを2台キャッシュで買っていたが、売ると400万円にしかならなかった。勉強不足、努力しなさすぎ、甘え、横柄、横着、グチ、悪口、最低だった。自業自得」と振り返る。

「正直な話、関西から3年で戻れると思っていたが、20年かかった。向こうではすることがないから、一日中走っていた。お金がないので妻は粗食を作り、どんどん健康になる。ヒマなので昼3時から近所の銭湯に行くと、そんな時間にはヤクザか芸人しかいない」

 オールスター感謝祭をきっかけに“マラソン芸人”としてスポットライトを浴びたが、その後は猫ひろし(39=カンボジア)らの台頭があり、14年間優勝できなかった。
 それでも、森脇はあきらめずに月間250キロの練習を継続した。「番組の3か月前からは、お酒もやめて(カーボローディングに)パスタばかり食べている。そして先日、ついに2回目の優勝ができた。皆さんのおかげです。人間、あきらめたらいけない!」

 久々の“晴れ舞台”として同局の密着番組「情熱大陸」の取材が入ると思いきや「来た仕事が『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)だった」という。

 森脇は30分のトークイベントを、一切の笑いを誘うことなく滑り続けて“完走”。最後は劇中に合わせたボストン警察の警官の衣装を脱ぎ捨て、おなじみのマラソンウエアで「走って帰りますよ!」と舞台から去っていった。

最終更新:6/7(水) 19:18
東スポWeb