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もし憲法を改正するなら…? 明治時代の民間草案には「当時世界の最高レベルの考え方」も

6/7(水) 20:05配信

AbemaTIMES

■明治時代の民間草案には「当時世界の最高レベルの考え方」も

 先月、安倍総理が「『9条1項2項を残しつつ自衛隊を明文で書き込む』という考え方。これは国民的な議論に値するだろうと思います」と発言したことでにわかに盛り上がる憲法改正論議。しかし、「憲法」と聞くと、難しい、よくわからないといったイメージで、とかく敬遠されがちだ。しかし、日本が近代化を成し遂げた明治時代、民間から憲法私案、いわゆる「私擬憲法」が数多く提案されていた。

 例えば、明治14年に自由民権運動の指導者・植木枝盛が起草した「東洋大日本国国憲按」。政府が憲法に違反したり、圧政を起こした場合は人民が抵抗する権利や、革命を起こす権利を認めていることが特色だ。

 また、小学校の教師をしていた千葉卓三郎が起草、現在は東京あきる野市に保存されている「五日市憲法草案」。天皇皇后両陛下も実物をご覧になったこの草案の条文には、まだ士族や平民という身分が残っていた時代に「人民はその身分に関わりなく法の下に平等だ」という内容や、政治犯に対する死刑を宣告してはならないことなどが盛り込まれている。同市の郷土史研究家・鈴木富雄さんは「各国憲法や西洋アメリカの思想家たちの書物などにも目を通して、世界の最高レベルの考え方を憲法草案に書き込んでいった」と説明する。

 さらに、東京から船で1時間半、伊豆大島にも民間で作られた憲法草案「大島暫定憲法」をご存知だろうか。

 終戦直後の1946年1月、GHQが伊豆大島を日本から分離させるよう指示したことを受け、6か村の代表者が話し合い決めたことが「大島の憲法を作ること」だったという。現在コピーとして残されている草案は23カ条からなり、冒頭には“島民主義“や“平和主義“が謳われている。島民たちが起草に邁進する中、GHQの指示が撤回されたことで、大島は日本にとどまることになり、現在に至る。

 私擬憲法について、政治学が専門の佐藤信・東京大学先端科学研究センター助教は「みんなで自分たちが暮らす場所の決まりを議論し、学ぶ過程の中で生まれてきたもので、中には文章にならなかったものもあったはず。そもそも日本という国が一つのまとまりとして捉えられていなかった時代、国家というものを自分たちの中で消化していく一つのプロセスだった」と話す。

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最終更新:6/7(水) 20:05
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