ここから本文です

【ロンドン攻撃】 容疑者は以前から過激主義組織とつながり 市民は通報

6/7(水) 13:06配信

BBC News

ドミニク・カシアーニ内務担当編集委員

ロンドン在住のクラム・バット容疑者がほかのロンドン市民を殺して回った時、サッカープレミアリーグ、アーセナルのジャージーを着ていた。ロンドンの地元チームだ。

容疑者が殺そうとしたなかにも、アーセナルのチームカラーを身に着けた人がいたかもしれない。

しかし容疑者の本当の地金の色は、近年の主なテロ事件を引き起こした他の容疑者たちと一緒だった。

服役中のイスラム指導者アンジェム・チャウダリ服役囚が指導し、今では活動禁止処分を受けている「アル・ムハジロン」ネットワークを信奉していた。

バット容疑者は1990年4月にパキスタンで生まれた。英国市民で、数年前からロンドン東部に住んでいた。結婚して子供が2人いた。

インターネット上に掲載されている履歴書によると、バット容疑者は経営術で全国職業資格(NVQ)2級を取得していた。ケンタッキー・フライド・チキンの店舗管理などを請け負うイーストハムの企業オーリガ・ホールディングスで、総務の仕事に就いていた。ロンドン交通局によると、昨年10月に退職するまで半年間、利用者応対係の見習いとして働いていた。すでに清算済みの「クール・コスメティクス」という会社の唯一の役員だったこともある。

イスラム過激主義にいつ関わるようになったのかはまだ不明だが、「アル・ムハジロン」ネットワークへの関与を示す証拠はたっぷりある。2015年の時点では確実に関わっていたし、少なくともその2年前にもそうだったかもしれない。

何より証拠となるのは、昨年放送されたチャンネル4製作のドキュメンタリー「隣のイスラム聖戦主義者」だった。番組は、「アル・ムハジロン」ネットワークの関係者に迫る内容で、アンジェム・チョウダリ服役囚の側近の一人、シッダルタ・ダール容疑者も登場する。

ダール容疑者は後に保釈金を払わずシリアへ逃れ、過激派勢力のいわゆる「イスラム国」(IS)の処刑ビデオに黒いマスクをかぶって登場した。

ドキュメンタリー番組でバット容疑者は、重要な場面に登場する。ISが使う旗をロンドンの公園で披露した後、警官と口論する中に、容疑者がいる。

「裏切り者と呼ばれた」

番組にはもう一人、重要人物が登場する。アブ・ハリーマ容疑者は、後に最年少でテロ罪の有罪判決を受けた少年(判決は2015年、2013年の事件当時は14歳)と密接に関わっていたことが判明して以降、治安当局に厳しく監視されてきた。

バット容疑者と「アル・ムハジロン」ネットワークとのつながりは、さらに昔にさかのぼる可能性もある。マンチェスターの反過激主義組織「ラマダン財団」のモハメド・シャフィク氏は、2013年に容疑者に罵倒されたと考えている。別の「アル・ムハジロン」ネットワーク支持者が同年5月22日に、ロンドン南西部で英陸軍兵リー・リグビー氏を殺害した翌日のことだ。

「クラム・バットは私を『ムルタド』と呼んだ。アラビア語で裏切り者の意味だ。テロを支援するなとアンジェム・チャウダリを糾弾した私は、政府の手先だと言うのだ」

「警察がやってきて、アンジェムとバットと他に2人の男が、連れていかれた。バットがテロ攻撃を起こしたことは、何も意外ではない。捜査当局への疑念は深刻だ」

ロンドン東部バーキングの住人エリカ・ガスパリさんはBBCに、バット容疑者と他の男3人が、自分の子供たちを過激思想で洗脳しようとしていたようだと話した。

ガスパリさんはBBC取材チームに、約1年半前に男たちの写真を持ってバーキング警察署へ向かい、相談したのだと話した。

匿名希望の別の男性はBBCに、ロンドン交通局で半年働いていた容疑者が、露出度の高い服装の女性に対して嫌悪感をあらわにしていたと話した。容疑者はこのほかにも、シリアのイスラム聖戦主義をネット上で支持する米国人を支持したため、匿名男性は容疑者の過激思想を心配するあまり、対テロホットラインに連絡したという。

バット容疑者はさらに2015年、「神は投票を禁止している」としてイスラム教徒を威圧する「アル・ムハジロン」ネットワークの運動に参加したようだ。地元のモスク(イスラム礼拝所)で投票が話題に上った際、イマーム(イスラム指導者)の発言をさえぎったため、退出させられた。

捜査対象

では、警察や英情報局保安部(MI5)は何かを見落としたのだろうか。

ロンドン警視庁によると、警察とMI5がバット容疑者に気づいたのは、2015年夏のことだった。しかし、当時何か攻撃を企んでいるという情報は得られていなかった。

その行動に対する懸念が対テロ捜査官たちの知るところになり、捜査が始まった。進行中の捜査は常時、500件以上ある。

捜査に着手した後、過激化を懸念する市民からの通報があった。しかし実際に何かが動いているという手がかりにはつながらなかった。

通報がいつのことで、当時ほかにどういう重要な捜査が進行中だったかは不確かだ。いずれにしろ、バット容疑者の件は最優先だとは認識されず、その名は捜査対象人物の長いリストの下の方に追いやられた。そのため、捜査リソースがバット容疑者にあまり割かれなくなったのが、結果的に問題となった。

もし当時、容疑者の秘密の通信内容を捜査当局が知り得ていたら、優先順位について別の判断につながったのかどうか、今となっては疑問が残る。

(英語記事 London attacker: Khuram Butt showed his extremist colours)

(c) BBC News

最終更新:6/7(水) 13:50
BBC News