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ボブ・ディラン、「音楽は読むためのものではない」発言だけではないノーベル賞受賞講演

6/8(木) 19:05配信

RO69(アールオーロック)

ノーベル文学賞受賞の条件とされていた講演の音源を、期限ぎりぎりでノーベル賞側に提供したことが報じられているボブ・ディラン。

「音楽は歌われるためにあるもので読むためにあるのではない」との一節が話題になっているものの、実際には、バディ・ホリーに始まる自身の音楽遍歴、そして文学遍歴が詳細に語られており、ボブ・ディランという一人のミュージシャンを知る上で非常に興味深い内容となっている。

本講演はまず、以下のように切り出される。

「今回のノーベル文学賞の受賞を知った時、僕の楽曲が文学とどう関わっているのだろうと考え込むことになりました。そのことについて考えてみて、どこに繋がりがあるのか確かめたかったのです。

その時に考えたことをみなさんに説明したいと思います。つらつらとした回りくどい説明になりますが、僕の説明することがみなさんにとって何かしら意味があると感じてもらえれば嬉しく思います」

そう前置きしてから、ボブは自分にとって重要だった出会いとして、まずロックンロールの草創期を作り上げたひとりともいわれるバディ・ホリーを知ったことを挙げる。

「すべての始まりまで戻るとするのなら、バディ・ホリーから始めなけれならないと思います。

僕が18歳くらいの頃、バディは22歳で亡くなりました。初めて聴いたその瞬間から、僕はバディのことを同類だと感じました。自分との繋がりを感じたのです。まるで自分の兄であるかのように。容姿まで自分に似ているとさえ思い込んでいました。

彼は僕が大好きな音楽を演奏していました。それは僕が育ちながら聴いた音楽で、カントリー・アンド・ウェスタン、ロックンロール、そしてリズム・アンド・ブルースでした。バディはそれぞれに違ったその3つの音楽の流れをより合わせ、1つのジャンルへと作り替えたのです。

それが1つのブランドになりました。しかも、バディは曲も自分で書いていました。それらの楽曲は本当に魅力的なメロディと想像力をかきたてる歌詞を誇っていたのです。さらに歌も素晴らしく、彼はいくつもの歌い方をみせていました。

バディこそがすべての元となったものです。僕とは何から何まで違っていて、それでいて、僕がなりたいもののすべてでした。

バディのライブは一度だけ観ることができましたが、それは彼の死の数日前のものでした。

観るのに何百マイルも旅しなければならなかったのですが、がっかりするところはまるでありませんでした」

そして、ちょうどバディ・ホリーが飛行機事故で他界した頃に、カントリー・ブルースとフォークの両面を持ったレッド・ベリーのレコードを発見したことが、その次の重要な出会いだったと回想する。

レッド・ベリーのほか、フォークとカントリー・ブルースをどうしても追求したくなったボブはその後、ありとあらゆるレコーディングを探しては聴き漁って、フォークとブルースの作品で使われる物語の作法にも徹底的に通じるようになっていった経緯を説明している。

そしていつの間にか自身もフォーク・アーティストになっていたという経緯を振り返っているが、自分でも楽曲を書くようになっていくと、こうしたこれまでのフォークやブルースの詩的世界だけではなく、学校で学んだ数々の文学、例えばメルヴィルの『白鯨』、レマルクの『西部戦線異状なし』、ホメーロスの『オデュッセイア』などが自分の歌詞の世界に大きく関係してきたのだと言う。

そして、それぞれの作品を解説しつつ次のように問いかけている。

「では、こうした物語は一体何を意味しているのでしょうか。僕や他のたくさんのソングライターもこうした同じようなテーマから影響を受けています。そして、それはそれぞれに対して異なる意味を持ち得るのです。

もし、楽曲を聴いて心を動かされたとしたら、重要なのはそのことだけなのです。その曲の意味がどういうことなのかなどということは特に知る必要もありません。ぼくは自分の楽曲にこれまで色んな事物を込めて書いてきました。

しかし、だからといって、その楽曲の意味などについて心を惑わせるつもりはありません。例えばメルヴィルは、旧約聖書や聖書からの引用、科学からの引用、プロテスタントの信条、そして、海や航海術、そして鯨についての持てる知識すべてを自分の作品に投入しましたが、自身の作品の意味などについては特に心配しなかったのではないかと思っています。」

そして、次のようにまとめてみせている。

「ホメーロスの『オデュッセイア』の主人公オデュッセウスは死の国で、平穏と満ち足りた生活が生涯続く人生を、名誉と栄光に満ちた一時と引き換えにしたアキレスに出会います。

オデュッセウスに出会ったアキレスは、自分はまったく間違っていたと告白します。『結局、わたしは死んだ。たったそれだけのことだった』と。つまり、結局、栄光はなかった。不死もなかった。そしてもし叶うものなら、あの時に戻って、今現在のような死の国の王になるよりかは、小作人の奴隷など身分の低いものになることを選ぶ、と言うのです。

生きることの苦しみはどんなものであったとしても、死という場所よりはましなものだからだと。

楽曲というのもそういうものなのです。楽曲は、僕たちが生きているこの世に生きています。しかし、楽曲は文学とは違います。楽曲は読まれるためにあるのではなくて、歌われるためにあるからです。

シェイクスピアの戯曲の台詞は舞台で演じられるために書かれたものです。それは楽曲の歌詞が歌われるために書かれたのであって、紙に印刷されて読まれるために書かれたのではないというのと同じことです。

僕としてはこうした歌詞をみなさんにも、もともと意図された聴かれ方で聴いてもらえれば嬉しく思います。それはコンサートという形でもいいし、レコードでもいいし、あるいは近頃の皆さんの曲の聴き方を通してでもいいのです。

もう一度ホメーロスを引用して締め括りたいと思います。『わたしの中で歌ってくれ、歌の女神よ、わたしを通して物語を綴ってくれ』」

RO69(アールオーロック)