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<退位特例法成立>ねぎらう友人「退位後ごゆっくり」

6/9(金) 13:05配信

毎日新聞

 天皇陛下の退位を実現する特例法が9日、成立した。陛下と親しく交流してきた人たちは、深い感慨をもってこの節目を迎えている。

【写真】学友のテニスの試合を観戦される婚約発表前の天皇、皇后両陛下

 ◇テニス仲間の織田さん

 テニス仲間として天皇陛下と交流を続けてきた織田和雄さん(81)=東京都目黒区=は、「退位されたら皇后さまと一緒に好きなことを楽しんでいただきたい」と話す。織田さんは、学習院で陛下の2年後輩。幼いころから一緒にテニスを楽しんできた。皇太子時代の陛下が皇后さまと婚約される前は、お二人の電話での対話を取り次ぐ「キューピッド役」になった。

 1957年8月19日、長野県軽井沢町で開かれたテニス大会が、両陛下の出会いの場となった。皇后さまのペアとダブルスの試合で敗れた陛下は、観戦していた織田さんに「あんなに正確に返ってきたらかなわないね」と笑顔で話された。織田さんは「美智子さまのことがずいぶん印象に残ったようだ」と感じた。

 当時、陛下は23歳で皇太子。宮内庁は皇太子妃候補を探していた。同庁は58年8月下旬、皇后さまの父正田英三郎氏に結婚を打診したが、固辞された。織田さんによると、陛下の同級生たちは積極的になるよう陛下を励ましたという。

 陛下は58年10月、織田さんに皇后さまとの連絡役になってくれるよう頼んだ。織田さんは皇后さまに電話をかけ、「今、殿下は書斎にいらっしゃるので電話をかけてください」と伝えることを連日のように繰り返した。11月8日の織田さんの日記には「大体よくなってきたことがわかる」とつづられている。良い方向に進展していると感じていた。

 11月21日、宇佐美毅・宮内庁長官(当時)が正田家を訪ねて婚約を正式に申し入れ、承諾された。陛下はその夜、織田さんをお住まいの東宮仮御所に招き、日本酒で乾杯した。「ありがとう」。陛下は感謝の気持ちを伝えたという。

 天皇、皇后両陛下は2009年4月、結婚50年にあわせて記者会見を開いた。陛下は婚約前を振り返り「何回も電話で話し合いをし、ようやく承諾をしてくれたことを覚えています」「私が皇太子としての務めを果たしていく上で、務めを理解し、支えてくれる人がどうしても必要であることを話しました」と振り返った。「公務を第一に考える陛下の姿勢は、あの頃も、現在も全く変わりがない」と織田さんはいう。「象徴の務めを、たんなる務めとしてでなく、陛下自身のお気持ちから続けてこられたからだろう。退位されたら、ご自身の楽しみの時間を作っていただきたい」【高島博之】

 ◇ハゼ研究、今も情熱

 ハゼの研究者としての天皇陛下を知る慶応大学名誉教授の岸由二さん(69)は「陛下は基本に忠実に研究し論文を仕上げる一流の研究者」と話す。公務で多忙な今も研究への情熱を感じるという。「退位後はお好きな研究に熱中できる時間がもてるのではないか」

 陛下は、よく似た外見ながら分類上の議論があった「チチブ」と「ヌマチチブ」というハゼが別種だと結論づけた論文を皇太子時代に発表した。その研究でハゼを採取した神奈川県三浦市の「小網代の森」を天皇、皇后両陛下は昨夏、散策された。森の保全に取り組む岸さんは、案内役を務めた。両陛下はすれ違う人と「こんにちは」とあいさつを交わし、リラックスした様子だったという。陛下は岸さんに現在のハゼの生息状況について熱心に質問した。

 三浦半島の先端に位置し、川の源流から河口の干潟まで流域の自然が保全された小網代の森は、陛下の研究の思い出の地であるとともに、皇后さまの訪ねてみたい場所でもあった。皇后さまは昨年10月、誕生日に1年を振り返る文書で「いつか川の源流から河口までを歩いてみたいと思っていました。夢がかない、陛下と御一緒に歩くことが出来ました。流域の植物の変化、昆虫の食草等の説明を受け、大層暑い日でしたが、よい思い出になりました」と喜びをつづった。

 両陛下は干潟でチゴガニの求愛ダンスを見たり、さまざまな植物や生き物について質問したり、仲むつまじく散策を楽しんでいたという。岸さんは「これからも、皇后さまと一緒に、行きたいと思われる場所でゆっくりくつろぐ機会をもっていただきたい」と話した。【山田奈緒】

最終更新:6/9(金) 18:41
毎日新聞