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米国の歴史を作ったのは政治家じゃなく野球…ニグロリーグ野球博物館に行ってきた

6/9(金) 19:45配信

スポーツ報知

 アストロズ・青木の日米通算2000安打達成を追いかけてやってきたミズーリ州カンザスシティー。8日の試合前に、当地にある「ニグロリーグ野球博物館」に行ってきた。以前から気になっていたが、機会がなかった場所。

 1947年にジャッキー・ロビンソンが黒人選手として初めてメジャーの扉を開けるより前。米国社会に人種差別が色濃かった1920年代に発足した黒人に加えラテン系選手も含めて組織されたプロリーグの名門「カンザスシティー・モナークス」が本拠地を置いた地に設立された同博物館では、ニグロリーグの歴史が当時の資料や展示物と共に丁寧に紹介されている。

 黒人と白人の球場入場口は別。黒人はホテルやレストランでも規制され、選手の宿舎や食事に苦労した時代。1日4試合開催もザラなど今では考えられない環境の下、才能溢れる選手が活躍し、人々を熱狂させた。“伝説の2000勝投手”と呼ばれ、野球殿堂入りしているサチェル・ペイジや、メジャー昇格直前に在籍していたハンク・アーロンらのコーナーは見応えがある。

 バッテリー以外は寝ころばせて相手打者を全員三振に仕留めるなどエピソードには事欠かず、巡業試合のために全米やカリブ海諸国を回るために自家用機を持っていたスーパースター。ロビンソンが人種の壁を破った翌年の1948年、42歳で念願のメジャーデビューを果たし、59歳でのメジャー最年長登板記録を持つ。実際に生年月日不詳説もあったが、「もし、自分の年齢を知らなかったら、自分を何歳と思うだろうか」という名言に、43歳で挑戦を続けるマーリンズ・イチロー外野手が重なった。

 この日は奇しくも1982年に当地で亡くなったペイジの命日だ。車で10分程南下した場所にあるサチェル・ペイジ記念野球場にも足を伸ばしてみた。ペイジは亡くなる数日前に、同球場で始球式を行った。この日は、夕方から地域の青少年活動の野球行事で18歳以下の試合が行われる予定で、関係者によってグラウンド整備が行われていた。決して裕福とはいえない周辺地域の子供たち約1000人が同球場を本拠地に野球を行っているという。

 「政治家がアメリカの歴史をつくったんじゃない。野球が、この国の歴史を作ってきたんです。イチローがメジャーの野球を変えたように、多くの黒人選手がメジャーリーグを変えて、社会を変えました」と少年野球組織のディレクターを務めるハリー・ハリス氏。ニグロリーグの歴史に触れた後、向かったカウフマン・スタジアムでは、まばゆい照明が輝くナイターに3万2727人の観衆が集まり、人々は世界中から集まった大リーガーのプレーを楽しんだ。(一村順子通信員)

最終更新:6/9(金) 19:45
スポーツ報知

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