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「いろんなものを見たい気持ち」が突き動かす79歳報道カメラマン・石川文洋さんの尽きぬ冒険心

6/10(土) 12:01配信

スポーツ報知

石川文洋著「旅する心のつくりかた 楽しきかな、わが冒険人生」

 1960年代に最前線でベトナム戦争を取材し、戦争のむごさを伝えてきた石川文洋さん(79)は、今もベトナムや故郷・沖縄を撮り続けている現役の報道カメラマンだ。このほど出版された「旅する心のつくりかた 楽しきかな、わが冒険人生」(サンポスト、1620円)で、数え切れない死の危険と背中合わせになりながらも生き抜いてきた日々を振り返った。いかなる危機や困難も「なんくるないさー(沖縄方言で、どうにかなるさ)」と乗り越えてきた冒険心は今も燃え続けている。(甲斐 毅彦)

 沖縄で生まれ、世界55か国を訪れた石川さんは現在、長野県諏訪市で暮らしている。諏訪湖を見下ろす高台にある自宅の周りは、カラマツの新緑に囲まれ、ツツジやモクレンの花が咲いていた。静寂の中で聞こえるのはウグイスの鳴き声と風の音だけだ。

 「ここは春から秋にかけて非常にいい所ですよ。秋にはカラマツが黄色くなって見事です。古里の沖縄には花はいっぱいあるけど、春を待つ気持ちというのはない。沖縄から知人が来るとここでお酒を飲むんですが、皆感動して帰りますよ。ただ、冬はちょっと長すぎるな、と思いますけど」

何度も死の危機に直面も「本当に運良かった」

 「これまであまり先のことを考えずに『なんくるないさー』でやりたいことをやって来ましたから。とにかく本を出そうということ以前に、大切なのはいろんなものを見たいという気持ちですね。それがないと続かないと思う。ただ、戦場に行って人の不幸を見に行くことを『好奇心』とは言えません。『野次馬』と言うのか…いまだにうまく言葉が見つからないんですが、とにかく自分のこの目で確かめたい。そして現場に行って写真を撮ったら発表するのに全力投球する。それが今でも続いています」

 人生が冒険そのものだった石川さんは、何度も死の危機に直面している。65年の米軍従軍中には、解放戦線の陣地からの猛烈な銃撃を受け、自分の目の前にいた米将校が即死した。乗っていた米軍の小型四輪駆動車をいったん降りて写真撮影していると、直後にその車は地雷を踏んで吹き飛ばされたこともあった。ベトナムやカンボジアでの取材だけでもそんな体験が7回はあったという。常に最前線で取材するということは、役割を終えれば戦線から離脱して交代する将兵たち以上に死の可能性は高い。

 「日本経済新聞のサイゴン特派員だった酒井辰夫さん(68年8月22日没)にしても、プノンペンで狙撃された沢田教一さん(70年10月28日没)にしても、皆ちょっとしたことで亡くなった。酒井さんとは一緒にビールを飲んでまた会いましょう、と別れたその日にロケット弾の破片が頭に当たった。本当に小さな破片で、頭でなければスプーンか何かでほじくれそうなぐらい。私の場合は本当に運が良かったと思っています。運としか言えませんね」

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最終更新:6/10(土) 12:01
スポーツ報知