ここから本文です

<ソムリエコンクール>きっかけはあの漫画 日本一に輝いた岩田渉さんの異色の経歴

6/11(日) 10:10配信

毎日新聞

 ワインなどのアルコール飲料を提供する飲食サービスや酒類の製造、販売などに携わるプロフェッショナル「ソムリエ」の日本一を競う「第8回全日本最優秀ソムリエコンクール」で、初めての挑戦ながら1位に輝いた岩田渉さん(28)。「ワインに全く興味がなかった」という岩田さんは22歳でその魅力に目覚め、大学在学中に独学でソムリエ試験に合格。3年後に大会を制した。優勝の裏には、日々の努力と謙虚な姿勢、そしてスタッフやお客さんに対する感謝の念があった。【西田佐保子】

 ◇ニュージーランドが変えた人生

 4月12日、約800人の観客を前に行われたソムリエコンクールの公開決勝戦で、まず驚かされたのが岩田さんの流ちょうな英語だった。「大学を休学して3年間、ワーキングホリデー制度を利用してニュージーランドの日本食屋で働いていました」。岩田さんは同志社大学1年生の夏休みにアジアを旅行。「もっと英語を話したい」と思い、翌年1年の休学届を提出してニュージーランドに渡った。

 当時、さまざまな国籍を持つ7~8人で共同生活をしていた。「お酒をたしなむ人が多く、リビングルームに集まって、ビールなどを片手に親交を深めていました」。英語でのコミュニケーション能力を高めるため、輪に加わってお酒を飲むようになった岩田さん。そこで興味を持ったのがワインだった。とはいえ、当時ワインを飲んだ感想は「お酒だな」。ただ、スーパーには数多くのワインが並び、近郊にはワイン畑がたくさんある。そこで週末にワイナリーを巡り、併設されているワインショップでワインをテイスティング(試飲)するようになった。

 ある日、人生を変えるワインに出合う。「クメウリバーの白ワインです。こんなおいしいワインがあるのかと驚きました」。世界的に評価の高いワインだったと、のちに知ることになる。「30ドルのワインを買うのは冒険でしたが、その味わいに感動して2本購入しました」。それから岩田さんはワインにのめりこむ。

 ◇「神の雫」でソムリエ目指す

 ソムリエを目指すきっかけは、ワインを題材とした漫画「神の雫(しずく)」だ。「読み手に対して、純粋にワインを飲みたいと思わせる描写にひかれました」。同漫画原作のドラマのファンになり、漫画も読破してソムリエになると決心したのは22歳の時だった。「それまで趣味も特技もなかったし、何事にも飽きやすい性格でした」。しかし、分厚いソムリエ教本を前にしても、ワインへの興味は尽きることはなかった。「最初は何が書いてあるかさっぱり理解できず、近くのワインショップやワイナリーの人に聞きまくりました。ワインを何も分かっていない人間に時間を割いて教えてくれて、本当にありがたかったですね」

 ニュージーランドでの滞在は1年の予定だったが、就労ビザに切り替え、トータルで3年になった。その後、「ソムリエになる」と決めたときから貯金した200万円で、ヨーロッパのワイン産地を1年かけてまわる。一番印象に残ったワイナリーは、仏ボルドーのマルゴー地区にある「シャトー・パルメ」。それには理由があった。

 「ニュージーランドで、神の雫に取り上げられていたワイン『シャトー・パルメ』と同じ畑で作られた、よりカジュアルで比較的値段も手ごろな『ALTER EGO(アルター・エゴ)』の2008年ビンテージ(生産年)を、30%オフの120ドルで購入しました。『ついに100ドルを超えるワインを買うのか。もう引き返せない。これを買ったからには、ワイン業界で頑張って行こう』と腹をくくったワインです」

 24歳で帰国し、再び大学に戻る。その年にソムリエ試験に合格し、友人の紹介で現在勤務する京都市のバー「Cave de K(カーヴ・ド・ケイ)」でアルバイトを始め、卒業後に就職した。16年には、次世代を担うソムリエを育てることを目的とした大会「ソムリエ・スカラシップ」で最優秀賞、ポルトガルワインコンクールで2位を獲得するなど頭角を現す。そして今年、全日本最優秀ソムリエコンクールで優勝を果たした。

 ◇バー勤務ならではの弱みと強み

 ソムリエコンクールの審査委員長、森覚(さとる)さんに「(テイスティング、サービス、知識など)外せないポイントをすべて押さえていた」と評された岩田さん。実は、コンクールに挑戦するのは、高級レストランやホテルの勤務経験を持つソムリエが多い。決勝戦では、ビュッフェのメニューに合わせた飲料の提案や、仮想客を相手にしたレストランでのワインサービス実技などが出題されたが、岩田さんは日常業務でこれらを経験していない。「自分の弱点をどう解消するか考えました。技術的な部分で言うと、バーのカウンターとレストランのテーブルは高さが違います。そのため2カ月間、毎日仕事を終えた深夜3時から3時間、架空の空間を想定して、テーブルでワインを注ぐ練習をしました」

 食事と合わせるワインのチョイスについては、高校3年間のラーメン屋でのアルバイトや、ニュージーランドでの板前経験が役に立った。「お昼は家で食べると決めています。スーパーで気になる食材を買って料理して、勉強用に購入したワインと一緒に食して、『この食材とワインは意外と合うな』などと相性を試しているんです」

 ただ、バーでの経験は強みにもなる。ハードリカーのテイスティングやカクテル製作の課題ではアドバンテージになった。「勉強のためにワインのセミナーや研修に参加しなさいと言ってくれるスタッフや、コンクールに出場すると話したら貴重なワインを持ってきてテイスティングさせてくれるお客さまがいらっしゃいます。とてもいい環境です」

 ◇奥深いワインの魅力

 来年の18年に京都で行われる「第4回A.S.I.アジア・オセアニア最優秀ソムリエコンクール」の出場権と、19年に行われる「第16回A.S.I.世界最優秀ソムリエコンクール」の日本代表選考会の参加資格を得た岩田さん。「正直なところ、今回のソムリエコンクールでも『優勝』の2文字がよぎったことはありませんでした。でも、今まで以上に毎日コツコツ勉強して、日々支えてくれるスタッフやお客さまのためにも頑張りたいと思います」。今も1日3~4時間は勉強しているという。

 一番の課題として挙げるのが英語だ。世界最優秀ソムリエコンクールを日本人で過去に制覇したのは、日本ソムリエ協会会長の田崎真也さんただ一人。日本人の挑戦者にとってネックだと言われているのが語学力だ。「去年アルゼンチンで行われた世界最優秀ソムリエコンクールを見に行きましたが、皆さん第2カ国語である英語を母国語のようにしゃべります。経験や知識だけでなく語学力も足りない。途方もない道のりだと思いますが、毎日発見があって、楽しみながら学ぶ自信はあります」。

 「同じ土地、ブドウ品種であっても、ビンテージや作り手によって味が違う。ワインは奥が深すぎて、人生をささげても究められません」。岩田さんが「腹をくくった」というワイン「ALTER EGO」は、ラテン語で「もう一人の自分」を意味する。飽きやすく特技も趣味もなかったという岩田さんが「もう一人の自分」と出合うきっかけを作ったワインの探究は、これからも続く。

最終更新:6/11(日) 10:50
毎日新聞