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箕島の147キロ右腕・中川 遠縁の春夏全国Vエースが野球の世界に戻してくれた

6/12(月) 8:04配信

スポーツ報知

 1979年の春夏連覇を含め、通算4度の日本一に輝いた古豪・箕島。4年ぶりとなる夏の甲子園へカギを握るのは、最速147キロのストレートを投げ込むプロ注目の右腕・中川だ。

 春は屈辱のシーズンとなった。那賀との春季大会1回戦。初回に先頭打者本塁打を浴びるなど6失点。制球難から5回10失点と大崩れし、試合は7回コールド負けを喫した。翌日、投球フォームをキャッチボールから見直し、球に指がかかる感覚を体に覚えさせた。「球速は変わらないけど、空振りが取れるようになってきた」と、自らの成長に手応えを感じている。

 中学2年の秋に一時期、野球から遠ざかった。「遊ぶことが楽しくなってしまって…」と、所属していたチームを退団。その後は1年近く、白球に触れる機会がなかったという。

 進学の時期が迫るなか、自宅へ「練習に来ないか」と1本の電話がかかってきた。声の主は春夏連覇時の箕島エースで、元西武投手の木村竹志(旧姓名・石井毅)氏(55)。中川と遠い親戚関係にある木村氏は、自身が理事長を務めるNPO法人が主催する野球教室に参加するよう誘ったのだった。

 その教室は硬球に慣れることが主な目的。木村氏からアドバイスや技術指導を受ける機会はほとんどなかったというが、少しずつブランクを取り戻し、木村氏との縁もあり箕島へ入学。中学は内野手だったが、以前から希望していた投手転向に挑戦した。制球に苦しみながらもキレのある速球を評価され、昨秋から背番号1。主将としてもチームを引っ張っている。

 準優勝した昨夏はメンバー外。夏の県大会に出場するのは今年が最初で最後だ。再び野球と向き合うきっかけを与えてくれた恩師は、夏の聖地を沸かせた。「自分も甲子園で投げたい」。同じ場所に立つ姿を思い浮かべている。(種村 亮)

 ◆中川 虎大(なかがわ・こお)1999年10月2日、和歌山市生まれ。17歳。貴志南小1年時に「貴志小年野球団」で野球を始め、貴志中では「和歌山シニア」に所属。名前の由来は、工藤公康(現ソフトバンク監督)のファンだった母・さゆりさんが名前の読みにちなみ「こう」にしたいと希望。姓名判断から「こお」となり、阪神ファンの父・和秀さんが虎の字をあてた。178センチ、78キロ。50メートル走6秒2。右投右打。

最終更新:6/12(月) 8:04
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