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集いの桜残したい 亡き娘へ被災地で続けた植樹 横須賀の白川さんが「里親」募集

6/11(日) 16:01配信

カナロコ by 神奈川新聞

 東日本大震災による津波で最愛の娘を失った横須賀市の白川司さん(57)。遺体が見つかった福島県浪江町の川のほとりに桜を植え続けてきたが、護岸工事の開始で移植を余儀なくされた。7歳の孫娘に「母が生きた証し」を伝えたい-。そんな願いを込めた苗木10本を持ち帰り、自宅で育ててくれる「桜の里親」を探している。

 2011年3月11日、津波の犠牲となった一人娘の葉子さんは当時26歳だった。東京電力福島第1原発の放射線管理に関わる技術社員として同県富岡町で生活。第2子の妊娠を確認しようと自宅から20キロほど離れた浪江町の産婦人科を受診した帰り道、車を走らせている際に津波に襲われた。

 葉子さんを捜すため、横須賀から単身で浪江入りしたが、1週間ほどの捜索が実ることはなかった。遺体が発見されたのは4月17日。桜の季節だった。葉子さんは必死に丸太にしがみついていたという。

 12年8月、桜の苗木を購入して植樹を始めた。震災当時生後11カ月で母親の記憶もないであろう孫娘に、葉子さんを思い出せるものを残してやりたいとの一心だった。やがて活動を知った人々が加わり、13年にはNPO法人「しあわせの花咲かせ隊」を設立した。

 桜並木をつくり、大切な人を亡くした人たちが毎年集える場所にしたい-。漠然とした目標を思い描くなか、今年5月上旬に浪江町から「6月に護岸工事が始まる」との連絡を受けた。

 「これまで続けてきたことが無になってしまう。何のために続けてきたんだろう」。今月5日、車で浪江町に向かい、植えた苗木を掘り返しながら、そんな思いが胸に広がった。

 地元のために必要ならば、工事は仕方ないことだと思う。ただ、自分の気持ちをどこに持っていけば良いのか分からない。せめて桜を残したい。思い付いたのが「桜の里親」探しだった。

 1本は自分で育てると決めた。残る9本は庭のある一軒家で桜が根付くまで世話してほしい。できれば、たまに成長を見させてほしい。ただ多くは望まない。その後、枯れてしまっても構わない。「苗木を受け取ってくれた人の心に、葉子のことが残るかもしれない。その人たちに防災意識が芽生えてくれれば」

 白川さんはミュージシャンでもある。震災後には横須賀での地域イベントでギターを奏で、音楽を通して防災の大切さを訴える。

 「誰かの役に立って、天国で葉子ちゃんに褒めてもらいたいだけ」。愛する娘に一生の仕事をもらったと思っている。

 桜の苗木は大きいもので高さ約1メートル。問い合わせは、白川さん電話090(8538)0370。