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松本ハウス加賀谷さん 講演に引っ張りだこも年収「激変」

6/12(月) 9:26配信

日刊ゲンダイDIGITAL

 お笑いブームに沸いた1990年代、「タモリのボキャブラ天国」(フジテレビ系)や「電波少年」(日本テレビ系)で大ブレークしたのが本日登場のハウス加賀谷さん(43)だ。お笑いコンビ「松本ハウス」のボケ担当で、ツルツルの白シャツと奇抜なキャラで笑いを誘った。人気絶頂のさなか、体調悪化を理由に活動休止。2009年に復帰したが、最近はあまり見かけない。今どうしているのか。

 加賀谷さんに会ったのは、松本ハウスの現所属事務所「サンミュージック」の打ち合わせ部屋。コーヒー片手にひょっこり現れた加賀谷さん、「週刊誌で昔読んだんですけど、日刊ゲンダイは編集長から毎日その日の見出しがFAXで送られてくるって本当ですか?」と、いきなり逆取材をしてきた。口ぶりは丁寧で落ち着いている。

 加賀谷さんは09年に芸能復帰した際、持病の統合失調症をカミングアウト。相方の松本キックさん(48)との共著「統合失調症がやってきた」などを発表して、全国から講演の依頼が舞い込むようになった。

 現在もNPO法人や行政機関、学会に足を運び、大学教授や病院院長らの前で話をすることがあるという。講演活動とお笑いの仕事の比率は、今や「7対3」だそうだが、全盛時と比べて年収はどうなったのか?

「ビックリするくらい、減りました。牛丼特盛りから、お新香一つくらいの激変です。ハハハ。でも面白いことをやるのが好きなんです。お笑いに携われるだけ幸せです」

 復帰直前は「上から加賀谷、たけしさん、タモリさん、さんまさん、というくらい勢いがある」と妄想していた、と振り返る加賀谷さん。「だからステージに戻れば何とかなると思ってた」が、現実は厳しかった。

 統合失調症の影響で記憶力が著しく悪くなり、ネタを覚えられない。感情表現がおぼつかず、漫才に気持ちを乗せられない。漫才師らしいことが何ひとつできなくなり、悩んだ時期もあった。

「過去のボクならできたのに……と悔しくて自己否定の嵐です。芸人を辞めたいと何度思ったことか」

 転機は復帰から3年後の12年。舞台上でセリフが口から出なくなり、混乱した末、「あれ? 今何の話でしたっけ?」とつぶやいたらお客さんに大ウケ。「これ、アリなんだ」と気づいた。

「今のボクのお笑いはナマクラ刀というか、鈍った切れ味が逆に持ち味になって、笑いの幅が広がりました。今だからこそ、できるお笑いもあるんだと思います」

■プライベートでは彼女を募集中

 さて、東京都中野区出身の加賀谷さんは高校中退後、91年に松本さんとコンビを結成。以後、バラエティー番組やライブで精力的にネタを披露し、人気に火が付いたが、持病の統合失調症が悪化して99年に活動休止。約10年後の09年に芸能活動を再開した。今でも4週間に1度、精神科に通院して処方された薬を服用している。

 薬の影響でアルコールにはめっぽう弱くなったが、生活に支障はないという。

 プライベートでは目下、彼女を募集中だ。

「タイプは優しくて、いやらしい人。百歩譲って、桐谷美玲さんくらいで。ボクのアピールポイントは、何でもおいしく食べられることです。味は薄くても濃くてもOK。日本で流通しているものなら、食べられないものは何もありません」

 デートに行くなら、どこへ?

「上野の美術館や博物館に行きたいです。あっ、知ってますか? 障害者手帳を持ってるとタダで入れるんですよ。同伴者もタダ。都のおごりです(笑い)」

 いやはや、前向きな人だ。