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<青木定雄さん死去>タクシー業界の風雲児 規制に風穴

6/12(月) 12:00配信

毎日新聞

 8日死去したエムケイグループ創業者の青木定雄さんは、規制に挑み、風穴を開けた人物として「タクシー業界の風雲児」と呼ばれた。

 青木さんの根っこにあったのは、「横並びの許認可行政の下では才覚が発揮できず、いつか客に逃げられてしまう」という危機感だった。官民一体となった「同一地域同一運賃」では、各社の工夫の余地は限られる。オイルショック後の客離れは顕著だった。青木さんの選択は「手を合わせて拝む相手はお上ではなくお客」。エムケイは訴訟の末、運賃引き下げを勝ち取り、その後の規制緩和の流れを加速させた。

 風雲児はアイデアマンでもあった。「神風タクシー」と呼ばれ、粗暴な運転がはびこる背景には住宅難があるとして、業界で先駆けて社宅を整備したり、1台ごとの収支を管理する独自の経営システムを導入したりした。また、森英恵さんデザインの制服導入など斬新なアイデアも実行し、経営基盤を固めた。

 後半生の舞台は金融の世界に移った。「タクシーで培ったお客様を大事にするノウハウで必ず発展できる」と、近畿産業信組の会長に就任。さらに在日韓国人系の信用組合などを相次いで統合して規模を拡大したが、04年には不適切融資で近畿財務局から業務改善命令を受けるなど、タクシーのような展開はできなかった。【土屋渓、宇都宮裕一】

最終更新:6/12(月) 13:28
毎日新聞