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2000本安打の中日・荒木を作り上げた 若手、熊本時代の努力とは

6/12(月) 11:00配信

スポニチアネックス

 中日・荒木が3日の楽天戦(ナゴヤドーム)でプロ野球48人目の2000安打を達成した。4回に節目の右前打。中日入団当時の監督だった楽天の星野仙一球団副会長から花束をもらって、顔をくしゃくしゃにした姿が印象的だった。

 「ヒット1本、打てるかどうかの人間だった」

 荒木自身は以前、そう謙虚に言っていたが、記録達成後、いろいろな人が証言したように、まさに練習の虫だったようだ。新人から2軍暮らしが続いた6年目まで、寮の室内練習場で夜8時から行うマシン打撃が日課。1軍定着後もナゴヤドームのブルペンで繰り返した。「朝と試合後に必ずやってきた。ボールを自分で拾い集めながら、あれこれ考える時間が楽しかったんだよね」。最近は疲労を考慮して練習量をセーブしているそうだが、今季開幕前は「2000安打を達成した日の試合後も、ブルペンにこもりたいね」と笑っていた。きっと会見や取材で引っ張りだこで、そんな時間はなかったはずだ。

 努力家の素質を故郷・熊本県に暮らす両親が教えてくれた。小学校ではソフトボールをプレー。中学で本格的に野球を始めた。熊本工に憧れ、中3夏から猛勉強。母・良子さん(63)は「夜に勉強と素振りをしていた」。結果、優秀な成績で合格。入学後は毎日、自宅から学校の片道13キロを「ママチャリ」で往復していたという。

 朝6時半に出発し、野球部の練習を終えると帰宅は深夜0時を過ぎることも。「洗濯物が大変でしたね。ドライヤーで乾かしたり。帰ってきてもご飯を食べて、学生服を着たまま朝を迎えて…」。そう母は懐かしみ、父・義博さん(66)も「頼むから12時までに帰ってきてくれ、という感じでした。帰ってきてバタッと倒れることもありましたね」と振り返っていた。

 年明けの熊本自主トレ。「不安だらけの21年。毎日が怖くて怖くて仕方なかった」。コツコツ練習を積み重ねてきた理由をそう明かしていた。そんなベテランの背中を若手は見てきているはずだ。現在、中日は4位。メモリアル打が、チーム浮上のきっかけとなることを願う。(記者コラム・細川 真里)

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