ここから本文です

アストロズ青木「生き残るため全てが必要だった」2000安打

6/13(火) 5:03配信

スポーツ報知

◆アストロズ6―12エンゼルス(ヒューストン・ミニッツメイド・パーク)

 【ヒューストン(米テキサス州)=一村順子】アストロズの青木宣親外野手(35)が11日(日本時間12日)、本拠エンゼルス戦で日米通算2000安打の偉業を達成した。記録まであと2本で迎え、4回に二塁打、6回に左前安打を放った。8回の右前打で2001安打とした。日米通算での達成は7人目。米国で区切りの安打を放ったのはイチロー、松井秀喜、松井稼頭央に次いで4人目となった。なお日本だけでの2000安打は48人いる。

 日米を股にかけた安打製造機が、14年目で偉業を達成した。青木は第2打席で右中間適時二塁打を放って王手をかけ、第3打席で一気に決めた。カウント2―2から4番手左腕アルバレスの151キロ高め直球を叩きつけるように捉え、三遊間を破った。球場の電光掲示板にすぐさま日本語で「おめでとう」の文字が映し出され、3万2425人の観衆が総立ちになった。

 「試合が中断してびっくりした。チームメートやコーチ、スタッフが拍手してくれてうれしかった」

自分だけは「信じてた」 鳴りやまぬ拍手の中でヘルメットを取って、各方向の観衆に深々と頭を下げた。

 「プロに入っても2000安打なんて意識したことはなかった。昔の自分を知っている人はこんな選手になるなんて誰も思わない。本当に信じていたのは自分だけだと思います」

 プロ1年目の9月に初安打。翌年202安打でブレイク。大台に乗せても、敢えて“この1本”を挙げようとはしない。

 「いつも生き残りを懸けてやっている。代わりはいくらでもいる。節目の安打やサヨナラヒットはもちろんうれしいけど、どれが一番かと言われると、生き残るため、すべてが必要な安打だった」

 過酷なサバイバルレースの先にたどり着いた金字塔だ。渡米時、ブルワーズに入団テストを受けさせられた中でスタートしたメジャー人生。第一線で勝負を続けた。自らへの慢心を戒め、環境の変化に対応しながら5球団を渡り歩いた。

 「年数を重ねるほど、投手だって研究するし、その上を行かないとダメ。おごりが出たら結果は出ない。自分が間違っているかもしれないと思って、アンテナを張っている。決めつけるとよくない。常にフラットな状態でいたいと思っている」

 同僚がナパバレーの高級ワインにサインを書き込んで準備。試合後は全員がシャンパンで乾杯し、ブ軍時代の監督だった相手のレネキー三塁ベースコーチが祝福に足を運んだ。いずれも謙虚でクレバーな青木へのリスペクトだろう。

 「プロ初安打の頃から、野球への情熱は失っていない。むしろ上がっている。今は、ワールドチャンピオンになることが最大の目標です」

 2000安打は単なる通過点。8回の第4打席では、2001安打となる右前打を放った。さらなる目標に向かって、挑戦は続く。

 ◆青木 宣親(あおき・のりちか)1982年1月5日、宮崎県生まれ。日向高から早大を経て03年ドラフト4巡目でヤクルト入団。05、10年と2度の200安打はプロ野球記録。首位打者を3度獲得、05年新人王、ベストナイン7度、ゴールデン・グラブ賞6度。11年オフ、ポスティングシステム(入札制度)を使ってブルワーズと2年契約を結んだ。WBCには日本人選手最多の3度出場し06、09年に世界一に貢献。09年テレビ東京アナウンサーだった佐知さんと結婚し、長女、長男と4人暮らし。175センチ、80キロ。右投左打。年俸約6億円。

最終更新:6/13(火) 11:36
スポーツ報知

スポーツナビ 野球情報

MLB 日本人選手出場試合6/23(金) 10:45