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ナンノイズムは若い世代に脈々と受け継がれている/芸能ショナイ業務話

6/12(月) 15:00配信

サンケイスポーツ

 先週末、あるベンチャー企業の青年社長の披露宴に出席した。もともと大手芸能事務所でマネジャーや広報を担当していた敏腕社員で、昨年独立。物腰の柔らかさと情熱を武器に、芸能人脈をいかしてIT関連の仕事を精力的に行っている。

 披露宴の司会をお笑いコンビの流れ星が務め、女性歌手のMs・OOJAがサプライズで熱唱するなど大いに盛り上がった。ただ、決してド派手ではなく、アットホームな雰囲気に包まれた宴で、大変楽しい時間を過ごさせていただき、幸せのおすそわけをしてもらった。

 最も印象的だったのが、二次会の乾杯の音頭を取った女優、南野陽子のあいさつ。「彼が社会人1年生のとき、私は厳しく接しました」。その言葉に新郎は、直立不動で耳を傾けていた。

 12年前、新郎が大学を卒業し、大手芸能事務所に入社して最初に担当したのが南野だった。当時、現場マネジャーとして南野の送り迎えをし、好みのおにぎりやハンバーガーを常に用意していたという。

 ゴルフや酒席で新郎と会うと、よく話で登場するのが南野と新郎とのエピソードだった。新郎が入社して間もないころ、南野を仕事先へ送る途中、後部座席の南野からCDを渡され、かけたところ、女性アイドルの歌声が流れてきたという。

 新郎が「誰の歌ですか?」と聞くと、南野が「私の歌よ。『はいからさんが通る』知らないの!! 勉強した方がいいわよ」とぴしゃり。1987年にオリコン1位にもなった大ヒット曲だが、当時、新郎は3歳。知らなくて当然ではあるが、担当マネジャーとしては最低限、知らなくてはならない情報だ。

 南野から、ときに厳しく、ときに愛情たっぷりに、芸能マネジャーのイロハのみならず、社会人としての常識もたたき込まれたという。それが、その後、新郎が敏腕社員となり、独立する上での礎になったに違いない。「独立したとき、南野さんが『頑張りなさいよ』と一番喜んでくれたんです」と、うれしそうに話す新郎の顔が今でも忘れられない。

 担当マネジャーとしての関係は数年だけだったが、南野と新郎の絆は強く、偶然にも披露宴の日に関西テレビで放送された「おかべろ」に南野が出演した際、新郎が元マネジャーとして番組に登場していた(収録なので偶然同じ日に)。

 そこで新郎は、南野と初めて会ったときに「お月様を持ってきてくれる?」などと、謎の指令を出されたエピソードを紹介して番組を盛り上げた。ここまでぶっちゃけトークができるとは南野と新郎の心温まる師弟関係を垣間見た気がした。

 現在、南野は大手芸能事務所に所属しているが、デビュー当時は弱小プロダクションの所属で、自ら出版社やテレビ局をまわって仕事を取ってきたという。だからこそ、その苦労をマネジャーたちにも教えたかったのだと思った。(CYP)