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「パーフェクト10」ナダルが10度目の全仏タイトルを獲得 [男子テニス]

6/12(月) 21:01配信

THE TENNIS DAILY

 フランス・パリで開催された「全仏オープン」(5月28日~6月11日/クレーコート)。

メジャー決勝負けなしのワウリンカを苦しめた〈ナダル〉という重圧 [全仏オープン]

 左手首の故障のためコートの外に追いやられ、テレビの前に座って昨年の全仏オープンを観ていたラファエル・ナダル(スペイン)には、自分がそこに戻ることができるのか、はっきりと知る由もなかった。

 もっとも重要なクレーコート・トーナメントの、もっとも重要な試合が、彼なしで戦われたのは2年連続のことだった。2017年の全仏がロラン・ギャロスで始まったとき、ナダルがグランドスラム・タイトルなしに過ごした時期は、丸3年にもおよんでいた。

「厳しい日々だった」と、ナダルの叔父でコーチであるトニーは言った。「我々は、彼がこれをもう一度やってのけられるのか自問していたんだ」。

 結果的にやってのけることはできるのだとわかり、実際彼はいつもと同じように堂々とそれをやった。日曜日の決勝で、最初から最後まで、そして2週間を通し、圧倒的なまでの強さでナダルは2015年チャンピオンのスタン・ワウリンカ(スイス)を6-2 6-3 6-1で倒し、10度目の全仏優勝を遂げたのだった。

「僕にとって完璧なロラン・ギャロスだった」とナダルは言った。

 ならば、これを「パーフェクト10」と呼ぼうではないか。

 あるいは、ナダルがより気に入っているように「ラ・デシマ」と呼ぼうか----それはスペイン語で10番目の、という意味だ。

「すべての戦いで僕は自分のベストを尽くしているが、ここでのフィーリングは表現が不可能だ。ほかのどの場所とも比較することはできない」とナダル。「緊張感、アドレナリン。僕がコート上で感じるものは、ほかのフィーリングと比較することなど不可能だ。これは僕のキャリアでもっとも重要な大会なんだ」。

 ナダルは今大会でプレーしたすべてのセットを取っただけでなく、合計で35ゲームしか落としていない。これはグランドスラム大会のすべての試合がべスト・オブ・5セットマッチとなった1968年のオープン化以降の時代で、優勝までの道のりで落としたゲーム数としては2番目に少ないものだ。

「紙の上でスコアだけを見れば、すべてがかなり簡単であるかのように見えるかもしれない」とナダル。「しかし、実際はそうではなかったんだ」。

 オープン化以降の時代に、グランドスラムの同一大会で10度優勝した選手はほかにいない。同時に、全仏決勝での成績を10勝0敗に向上させたナダルは、グランドスラムの優勝回数を「15」に増やし、18度優勝のロジャー・フェデラー(スイス)に次ぐ、男子テニス史上2位の選手として、ピート・サンプラス(アメリカ)とのタイ記録を破った。

 そしてそれは彼の最愛の場所での、トップへの感動的なカムバックでもあった。彼は全仏で79勝2敗、クレーコート上の5セットマッチで102勝2敗の戦績を誇る。

「彼はここまでで最高のプレーをしている。それは間違いない」とワウリンカは言った。ワウリンカはこの決勝までクレーコート上で連続11試合に勝っていた。

「でも、ここだけではないよ」

 それは事実だ。ナダルは今季、4大会で優勝し、43勝を挙げてツアーをリードしており、月曜日に発表された最新のATPランキングで2位に上昇した。

 昨年のパリで、ナダルは3回戦を前に棄権を表明している。この発表をしたとき、彼は左手首に青いサポーターをつけ、その顔には苦渋の表情が浮かんでいた。彼は、仲のいい友達が出ているダブルスと、シングルスの決勝を除いて、心理的な意味で2016年全仏の残りをあまり見ることができなかった、と告白した。

 オフシーズンに、ついに体をフルに回復させたナダルは、フォアハンドの調子を戻し、トップに戻るための努力を倍増させて、本来の仕事に戻った。

「昨年の11月、私は彼に、ふたたびチャンピオンの顔を取り戻すため、フォアハンドの調子を取り戻し、サービスを少し向上させなければいけない、と言った」と叔父のトニーは言った。「ふたたびクレーでナンバーワンになるために。そしてここで、我々はその確証を得た」。

 ナダルはもはや、2005年に初めての全仏タイトルを獲ったときの、長く白いパイレーツ・ショーツを履き、白いヘアバンドをして長い髪を束ね、盛り上がった上腕二頭筋を見せる袖なしのシャツを着た、19歳の若者ではない。彼は今31歳で、ショーツは短く、髪はより刈り込まれ、シャツには袖がある。

 では彼のテニスは?----よりよくなった。

 ナダルは、2006、2007、2008年にもロラン・ギャロスで優勝した。膝を痛め、4回戦で敗れた2009年のあとは、2010年から2014年まで5年連続で優勝。そして2015年の準々決勝での敗戦がこの進撃に終止符を打ち、それから昨年の故障が起きた。

「昨年は楽な年ではなかった」とナダルは振り返った。

 決勝が行われた日曜日のコンディションは、スペイン・マヨルカ島で育ち、いまだにオフには釣りを楽しんでいる男の好みにぴったりと合うものだった。太陽は輝き、明るい青空にはほとんど雲も見られず、気温は30度近くにまで上昇した。

 ワウリンカは、金曜日に世界1位のアンディ・マレー(イギリス)と繰り広げた5セットの死闘が、自分を肉体的に弱めることはなかった、と言い張った。ナダルに対する問題は、よりメンタル的なものだったとワウリンカは主張する。

「彼に対してプレーするとき、彼はこの特有の疑念を相手の頭に植え付けるんだ」とワウリンカは言った。彼はここまで、ナダルに対する2014年全豪決勝を含め、グランドスラム大会の決勝では3戦3勝だった。

 第2セットでフォアハンドをネットにかけたあと、ワウリンカはラケットで数回頭を叩いた。そののち、彼はラケットを打ちつけてねじ曲げ、さらに自分の膝の上で折ってしまった。

 ナダルは、相手を憔悴させる特有のプレー方法を擁している。この日の彼は素晴らしかった。彼は12度あったサービスゲームのすべてをキープし、12本しかアンフォーストエラーをおかさず、獲得ポイントはワウリンカの57ポイントに対し、ナダルは94ポイントを取った。

 ナダルがかなりの上達を見せた----分野があるとすれば、それはサービスだった。かつては何とか合格点、という程度だったそれは、今や説得力のある力を備えている。

 試合に入って10分もした頃、最初のブレークポイントに直面したナダルは、苦境から次のように抜け出した。時速173kmのサービスからのウィナー、時速189kmでのサービスエース、時速194kmのサービスポイント。結局、それがワウリンカにとっての、唯一のブレークチャンスだった。

 ラリー中は、ナダルは滅多にミスをおかさなかった。彼は、大きく長いうなり声とともにグラウンドストロークを打ち込み、彼の声は、おしゃべりをするには没頭しすぎていた1万5000人の観客で埋め尽くされ、ほとんどの場合静かだったフィリップ・シャトリエ・コートに響き渡った。

 観客たちは、第2セットのある素晴らしいプレーの際に、割れるような拍手と、轟音とも呼べる大歓声を解き放った。ナダルは、ダブルスのアレーに飛ぶワウリンカのバックハンドクロスを追って左サイドに走ると、ネットポストの外側からダウン・ザ・ライン、そしてベースラインの近くに落ちる、スピンのかかったフォアハンドのウィナーを放ったのである。

 それには、ワウリンカさえが拍手を送った。

「今日については何も言うことはない」とワウリンカは表彰式の際、ナダルに言った。「今日の君はあまりに強すぎたよ」。確かに、かつてと同様、彼は強かった。(C)AP (テニスマガジン/テニスデイリー)

最終更新:6/12(月) 21:01
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