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「アン」お目当ての旅行者にも伝えたい カナダ連邦発祥の歴史 プリンスエドワード島(下)

6/12(月) 21:00配信

沖縄タイムス

 【小橋川慧通信員】今回はプリンスエドワード島(PEI)の「由緒ある歴史の顔」に焦点を当てる。今年はカナダ建国150周年に当たり、島の歴史に触れる良い機会だ。

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 島に車で行く場合、ノバスコシア州のハリファクスで1856年に完成した星形要塞(ようさい)を見学し、同州から出るフェリーに乗る。帰路は島とニューブランズウィック州を結ぶ全長13キロのコンフェデレーション(連邦結成)橋を利用する。「PEIがカナダ連邦の発祥の地」というフレーズは「赤毛のアン」お目当ての旅行者も記憶して帰る。

 1864年、州都シャーロットタウンの議事堂で大西洋沿岸のノバスコシア、ニューブランズウィック、PEIの三つの英領植民地の代表に、連合カナダ植民地(現オンタリオとケベック)の代表が加わり、植民地の連邦形成の必要性について討議し、これに合意した。このPEI州都での会議が起点になって、日本で大政奉還のあった67年の7月1日、宗主国英国でオンタリオ、ケベック、ニューブランズウィック、ノバスコシアの4州を含むカナダ自治領(ドミニオン・オブ・カナダ)が誕生した。PEIが「カナダ連邦発祥の地」といわれるゆえんである。

 いろいろな要因がカナダ誕生を促進した。よく挙げられる要因の一つに、米国の北方侵攻策への英領植民地の「恐れ」がある。各植民地がばらばらの状態でいるより、中央政府の下に連邦の体制を取っている方が、米国の脅威に対抗しやすいということだ。

 ハリファクスの要塞が強化されたのも、米国という仮想敵国があったから。そのため、米国からの外圧がカナダを誕生させたという人もいる。

 連邦形成の過程で最も中心的役割を果たし、カナダ初代首相の座に就いたジョン・A・マクドナルド卿の像が州議事堂の近くの通りにある。彼の任期中に、現在の10州のうち西海岸のブリティッシュコロンビアを含む九つが連邦に加入し、東西を結ぶ大陸横断鉄道が建設された。彼は「カナダ建国者」なのだ。「今年は建国150周年、カナダ・デー(7月1日)は連邦形成のアイデアの発祥の地で祝おう」と、多くのカナディアンをシャーロットタウンの祝会に招待するのにマクドナルド卿の像は多忙を極めている。

最終更新:6/12(月) 21:00
沖縄タイムス