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社食なのに夜メイン? 発想を変えて理想を実現

6/13(火) 11:10配信

ITmedia ビジネスオンライン

 「こんな社食があったらいいな」を実現するには、大胆に発想を変えることも必要だ。とはいっても、従来の社食のイメージから脱却することは難しく、現実的にできないこともたくさんある。発想を転換し、“理想の社食”を実現してきた企業の取り組みを紹介する。

【東京エレクトロンの社食】

●社食なのにメインは「夜」?

 虎ノ門ヒルズ森タワー(東京都港区)17階。足を踏み入れると、おしゃれなインテリアが印象的な空間が広がる。まるでレストランのようだが、実は会社の中。システム構築やソフトウェア開発などを手掛ける日本ビジネスシステムズ(JBS)の社食「Lucy's(ルーシーズ)CAFE & DINING」だ。

 一味違うのは、内装だけではない。「メインは夜。ランチも提供していますが、ディナーが主体です」。専門部署「Lucy's課」の責任者を務める、総務部長の櫻井正樹氏から驚きの発言。なぜそんなことになったのだろうか。

 その理由は、社員の勤務形態にある。JBS本社社員の大半はシステム構築やソフトウェア開発などを担うエンジニア。顧客企業に常駐する勤務が多く、会社にいることが少ない。同僚と顔を合わせる機会も少なくなる。会社としては、「仕事が終わった後に、会社に戻ってきてほしい」という思いがあった。

 そのためにはどうすればいいか。出した結論は、「仕事の後に寄りたい店が、たまたま社内にある」という状況を作り出すこと。「外の居酒屋と勝負して勝てるメニュー、サービス、価格」(櫻井氏)を社食で実現することを目指している。

 今となっては堂々と語られるそのコンセプトも、すんなりと決まったわけではなかった。2014年夏のオフィス移転に向けて社食開設のプロジェクトも進んでいたが、当初の計画ではランチがメインだった。社食といえば、ランチを手ごろな価格で提供する、ということが大前提。発想を大きく転換することは簡単ではなかった。しかし、設計やレイアウトが完成していくにつれ、漠然と思い描いていたイメージと食い違っていく。あるとき、ついに社長が「これは違う」と、やり直しを決断した。14年春だった。

 作りたいのは食堂ではなく、“夜に外食する店”。「そんな発想はなかった」(櫻井氏)ため、コンセプトをはっきりさせるのにも時間がかかった。

●飽きのこないメニューづくり

 外の飲食店に引けを取らないようにするため、従来のイメージの社食には珍しいサービスを取り入れている。黒い制服姿のホールスタッフが働いており、夜は席で注文を取ってくれる。午前8時~午後10時の時間内はずっと営業しているカフェのコーナーや、夜にお酒などを提供するバーカウンターも備えている。ソファ席や個室もある。

 そして、何といっても夜のメニューには力を入れている。おつまみやサラダ、肉料理、麺類、丼、デザートなど、グランドメニューが充実している。グランドメニューを入れ替える頻度は半年に1回程度と、外部の飲食店と比べても多い。旬の食材を使った季節メニューに至っては、約2カ月で変更する。毎日使ってもらいたいからこそ、飽きないように工夫を重ねている。もちろん、アルコールも取りそろえている。

 接待などに活用できるコース料理も、用途に応じて提供している。4月からは「女子会プラン」も開始。テーブルサイドで仕上げをする料理など、女性が楽しめるメニューを考案中だという。

●クーポン券で利用喚起

 理想を詰め込んだ社食の開設から約3年。狙い通りの効果はあったのだろうか。櫻井氏は「当初は、顧客企業に常駐する社員の利用が思ったよりも伸びなかった」と明かす。

 そこで、そういった社員に対し、月2000円分のクーポン券を配布。勤務があるため昼は利用できないが、夜やカフェの時間帯に使ってもらえるようにした。その結果、クーポンの消費率は6割に。「普段は見かけない社員も来てくれるようになった」(櫻井氏)という。

 また、「人が集まってコミュニケーションが取れる場所にする」という狙い通り、社員以外も多く利用している。社員による招待があれば、取引先の人がカフェを利用することも可能。夜、社員が家族を連れて食事を楽しむこともできる。新入社員が両親を招待する姿もあったという。

 現在、昼は600人、夜は180人程度が利用している。櫻井氏は「毎晩、満席にすることが目標」と話す。メニューやイベントなどにさらに磨きをかけていく。

●タスクフォースメンバーが集結

 半導体製造装置メーカーの東京エレクトロンが2011年に開設したカフェテリアの名前は「solae(ソラエ、eの上にアクセント記号)」。赤坂本社(東京都港区)の25階、都心の眺望が楽しめる社食だ。

 工場を有する他の事業所と同じように、本社にも食事場所や打ち合わせスペースを提供しようと、1年かけてオープンした。特に、「社食でどんな時間を過ごしたいか」「どんな気持ちになりたいか」を突き詰めるコンセプト固めに力を入れた。各部署から代表者が集まった「タスクフォースメンバー」の12人がチームを組み、コンセプトやネーミング、ロゴマークから考えていった。

 プロジェクトをまとめたコーポレートアドバイザー、コーポレートブランド推進担当の安原もゆる氏は、その狙いについて「上からの押し付けではなく、カフェテリアで過ごす時間と空間に愛着を持って、自分ごととして捉えてほしい」と説明する。

 タスクフォースメンバーが導き出したコンセプトは「おいしい笑顔」。それを実現するために、従来の社食のイメージから発想を大きく転換したアイデアを形にしてきた。

●陶器の食器を実現

 もちろん、簡単ではない。例えば、食器だ。プラスチック製ではなく、陶器を使用している。社食のような多くの人が利用する食堂では、重くてかさばり、落とすと割れてしまう陶器は、扱いにくい。それでも、「家庭でも使っている陶器の食器で食べると、おいしく感じられる」(安原氏)という強い思いから、社内を説得して実現にこぎつけた。

 「割れやすい」という問題には、食器を載せるトレーを工夫して対応した。トレーの表面に、滑り止めの加工をしたのだ。運んでいる途中に少し傾けても、滑り落ちることがない。また、「会計で使用するICチップを食器の裏に貼りにくい」という問題もあった。ICチップの製造メーカーに相談し、ICチップがしっかりと貼りつく形状の食器を研究。その形状の食器をそろえることで解決した。

 「大事なのは“何を実現したいか”ということ。既成概念を払拭(ふっしょく)しないといけない」と安原氏は話す。結果として、陶器にしたことで食器が大事に使われるようになり、補充も少なくすることができたという。

 他では見られない発想のアイデアは、厨房にもある。食堂運営会社のスタッフが着用するユニホームだ。素材からデザインまで、東京エレクトロンが開発した。タスクフォースメンバーから、「スタッフさんにも気持ちよく働いてもらいたい」という意見が出たことから実現したという。スポーツウェアメーカーと共同開発し、耐油、耐火の機能を高めた特殊素材を使ったユニホームを作成。厨房で油がはねても、けがをしないように、という思いを込めている。

●アートから刺激を受ける

 このカフェテリアには、もう1つ大きな特徴がある。それは、「アート」だ。室内の一角には、絵画などのアート作品を展示するギャラリーがあり、3カ月ごとに展示を入れ替える。また、学者やアーティストなど異分野で活躍する人を招くレセプションを開催。2012年から実施し、これまでに15回開催した。

 メーカーの社食でなぜアートなのか。安原氏は「テクノロジーとアートは、“発想のブレークスルー”が必要という意味では同じなんです」と力を込める。物事を普通とは違った切り口で捉えるアート作品に「インスパイアされる」(安原氏)ことで、社内のエンジニアらが気分転換したり、発想を変えたりする効果を狙う。

 1月に実施したレセプションでは、宇宙生物学者をゲストに招き、トークショーや立食パーティーを開催した。異分野の専門家の発想や考え方を知る、貴重な機会になった。

 ここまで社食に注力する理由は何か。安原氏は「食事の時間は、業務時間、私的時間に次ぐ“第3の時間”。非常に重要な時間だと位置付けている。その過ごし方を充実させれば、エネルギーにもなる」と説明する。

 “理想の社食”には、そこを使う人たちの理想の働き方が反映されている。“社食”という既成概念にとらわれずに、「こんな過ごし方がしたい」を形にすれば、発想を転換させることができるかもしれない。