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【W杯アジア最終予選】恩師が語る久保裕也の“図太さ”

6/13(火) 16:45配信

東スポWeb

 ロシアW杯アジア最終予選イラク戦(13日、テヘラン)に臨む日本代表FW久保裕也(23=ヘント)がエース候補に躍進した裏側に何があったのか。“名参謀役”として京都U―18時代から現在まで久保をサポートする菅沢大我氏(42=J2熊本育成ダイレクター)が、その成長ぶりを激白。今年1月に移籍したベルギーでゴールを量産し、日本代表で大ブレークを果たした理由とは――。

 ――当時の印象は

 菅沢:寡黙な感じで職人的。何かに没頭しているような感じですね。いろんなことに対して動揺の波が小さい。ずぶとさを感じました。基本になるFWの動き方は分からなかったけど、素質や足の振りの速さと、ゴール前で冷静にならなければならないところ…勝負の場所でずぶとさを発揮できるのは、すぐ分かりました。

 ――期待もあって厳しく指導したと聞く

 菅沢:そこは本人に聞いてみてください。ザ・FWみたいな本当の9番(センターフォワードの意味)を教えたのは事実。イメージは当時(スペイン代表の名ストライカー)のラウル(ゴンザレス氏=39)と(ダビド)ビジャ(35)みたいな感じです。

 ――おかげで久保も、すぐに進化した

 菅沢:何にも入っていない分、(吸収は)早いですよ。本人の熱意もあるけど。人間は動物的になったときに体を早く機能的に動かせる。教わっている段階では遅れる。動きを頭で理解し、繰り返すことで、反射で動けるようになる。そこまで自分で反復練習できる素質を持っていました。

 ――印象深いこと

 菅沢:リオ五輪にチーム(前所属のヤングボーイズ=スイス)が出してくれずに悔しいとかで連絡を受けたが「そんなこと言ってないで練習してこい!」と怒鳴ったんです。実はちょっと言い過ぎたと思って、すぐに連絡するとつながらない。LINEも既読にならない。何時間か後になって連絡が来て「お前についての話なのにどうなんだ!」って。すると久保は「練習しに行け」と言われたからやっていたと。大したものです。

 ――1月にベルギー移籍後は目覚ましい活躍

 菅沢:久保から「移籍しようかな」と言われたときに、本人にしか感じないヤングボーイズの限界値みたいなものがあったのかも。そう言うってことは半ば(移籍は)決めているんだろうと思い「荷物まとめて国に渡れ」と言ったら、分かりましたと。とんとん拍子でいって良かった。

 ――移籍後の助言

 菅沢:普段から「謙虚であれ」「調子に乗るな」とは言うけど「あえて調子に乗っちゃえ」と伝えましたね。そんなこと選手に言ったのは初めて。なぜ? 移籍をしたときって命取りになるかどうかの瀬戸際なんですよ。でも(デビュー戦で)1点取れたのは大きいので、その波にグンと乗ったほうがいいと思って、そう言いました。(移籍後16試合11得点は)すごいですよね。

 ――日本代表では右サイドで起用される

 菅沢:実は連絡があって(右サイドの)動き方を教えてほしいと…。基本的な攻撃時の立ち方から守備の注意点など、彼の良さが出るように「こういう感じで動くといい」と伝えました。代表のポジション争いはチームの一員になりつつも、プラスアルファで自分にしかできないプレーを発揮しないといけない。できなければ場所を失うわけですから。

 ――定着した右サイドのプレーをどう見るか

 菅沢:感性はあるので対応はできると思っていた。本当は(久保に)やりたいプレーがあると思うんだけど、ポジションが代わったとき、見える光景が変わる。景色が変わればタイミングも周りの選手も変わるが、まずは続けること。「自分がやりたいことは、その先にある」って感じですね。

 ――ロシアW杯へ

 菅沢:優勝するくらいの意気込みでやってもらいたい。(ベルギー移籍の)ステップアップの先にW杯があるけど、その先は簡単に上がって行けるほど甘くはない。それでも(チャレンジを)続けてほしい。

 ☆すがさわ・たいが 1974年6月30日生まれ。東京都出身。指導者として東京V、名古屋、京都、千葉など下部組織の監督やコーチを歴任。東京V時代にはJ1最年少出場&ゴール記録保持者のFW森本貴幸(現J1川崎)を発掘し、MF小林祐希(現ヘーレンフェイン)らを指導。現在はJ2熊本の育成ダイレクターを務める。

最終更新:6/13(火) 16:51
東スポWeb