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【二十歳のころ 南野陽子(1)】睡眠3時間…休みは年に2日だけ

6/13(火) 15:00配信

サンケイスポーツ

 大型連載第11回は、フジテレビ系「スケバン刑事」などで1980年代のアイドル黄金期を支えた一人である女優、南野陽子(49)。二十歳のころは、歌に映画にラジオに最も多忙を極めた時期だ。“ライバル”たちに刺激を受ける中、時には自分の意見を言いすぎて、まわりとぶつかったこともあったが、そこには“ナンノ流処世術”が隠されていた。

 二十歳のころは、怒濤のような生活でしたね。

 映画の「はいからさんが通る」があって、大河ドラマ「武田信玄」を撮影しながら、フジテレビの連ドラ「熱っぽいの!」に主演。

 歌番組も「夜のヒットスタジオ」に「ザ・ベストテン」「歌のトップテン」「レッツゴーヤング」と、いろいろあった。私は「はいからさん-」や「吐息でネット」を歌っていたころで生放送の歌番組が多かったから、もうバタバタ。

 でも、当時は違う局だとか音楽だとか、テレビだとか関係なく、まわりのスタッフが、みんなチームみたいな感じでね。マネジャーがそばにいなくて、フジテレビのドラマの現場に間に合わない時は、テレビ朝日の「ミュージックステーション」のプロデューサーさんが送り届けてくれたりした。

 ほかにも「明星」「平凡」といったアイドル誌のグラビア撮影に、ニッポン放送「南野陽子 ナンノこれしきっ!」の収録、CM撮影、新曲のレコーディング…。テレビで見せる衣装だけでも花柄のドレスを着たり、打ち掛けや袴姿になったり、本当にバラエティーに富んでいたと思う。

 寝る時間は毎日3時間で、休みは年に2日だけ。それも猛吹雪で撮影が中止になったから。私は体力に自信がない方で、幼いころから公園の砂場に行けば砂にかぶれるし、友達と手をつないだら肩を脱臼する、みたいな子だった。血圧も二十歳のころは上が80、下が35~36。本当にきつかったです。

 当時は体力を温存するために、あまり家に帰らなかったですね。ずっと楽屋泊まり。洗面器とシャンプー、リンスが移動の車に積んであって、撮影後、テレビ局とかでシャワーを浴びて、仮眠して、次の現場に行っていました。寝るのは車の中か楽屋。

 友達を作る時間も、恋する時間もなかった。そんなある日、「ザ・ベストテン」のスタッフさんが「これ、陽子と同じ年ごろの人がモデルになった小説だから。友達が作れないなら、せめて疑似体験してみて」と、村上春樹さんの「ノルウェイの森」や吉本ばななさんの「キッチン」といった小説をプレゼントしてくれたんです。

 それからは、私の曲が1曲ランクインすると1冊、そのスタッフさんが『プレゼント』と言って、楽屋に置いてくれて。私はそれを読み、空想を巡らせては感想を書き、スタッフさんに読んでもらいました。

 休みがないことに不満はなかった。うまくできない仕事の方が多かったから、それぐらいは歩み寄ろうって。逆に、うれしかった。デビュー前は寝る時間がないぐらい仕事をしたいと思っていたので。スカウトされたころは、こんなに忙しいなんて夢にも思っていなかったから。 (あすに続く)

■南野 陽子(みなみの・ようこ)

 1967(昭和42)年6月23日生まれ、49歳。兵庫・伊丹市出身。85年に「恥ずかしすぎて」で歌手デビューし、同年の連ドラ初主演作「スケバン刑事II」でブレーク。代表曲「はいからさんが通る」「吐息でネット」などでオリコンシングルランキング8作連続1位を獲得。女優としても映画「寒椿」、舞台「細雪」など200作以上に出演。私生活では、2011年に5歳下の会社社長と結婚した。1メートル62。