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多様な「正義」ぶつかる 劇「いっとーばい-逃げた知事 泉守紀」 戦時下の葛藤描く

6/13(火) 12:30配信

沖縄タイムス

 第2次世界大戦中に沖縄県知事の座を退いた泉守紀(しゅき)を描いた劇「いっとーばい-逃げた知事 泉守紀」(安和学治脚本、当山彰一演出、畑澤聖悟監修)が10日、那覇市のテンブスホールであった。ひきょう者として語られることもある泉の葛藤や信念を切り出した作品。昼の部公演は主演と脇役それぞれが存在感を示し、多様な「正義」のぶつかり合いを観客に提示した。おきなわ芸術文化の箱主催。(学芸部・松田興平)

 原作は野里洋著「汚名-第二十六代沖縄縣知事 泉守紀-」。沖縄戦で命を落とした島田叡(あきら)知事と対極的な存在として語られがちな、前任の泉に焦点をあてた著作を安和が舞台化した。

 物語では、泉(川上真輝)が沖縄赴任後、慰安所設置や疎開方法などを巡って牛島満中将(安和)や長勇参謀長(古堅晋臣)ら軍部と対立。さらに県庁内でも部下と方針が合わず、孤立を深めていく。その後、出張先から戻らないまま転出する。

 印象的だったのは劇中で更迭となった泉が舞台中央で立ち尽くすシーン。

 泉は1人ライトを浴びて下半身をかすかによろめかせる。暗がりから舞台を囲む出演者たちは「逃げた」「ひきょう者」などの言葉を、声量とテンポを増しながら次々と浴びせていく。世間の声が人間を追い込む怖さを描写した。

 潔さを感じさせる演出が印象的だった。会場は中央に平たんな舞台スペースを設け、コの字形に観客が取り囲む作り。演者たちは稽古着のようなカジュアルな服装で出演。表情やせりふで時代の緊迫感を表現しきった。

 また1月の試演時よりも、出演者のしまくとぅばが滑らかで、地元民と泉や軍人の言葉の違いが際立ち、溝がいっそう引き立った。

 泉の妻役の棚原裕子は序盤と終盤に「月の美しゃ」をアカペラでしっとり歌い上げ、物語の切なさを象徴。泉家の使用人を演じた犬養憲子は唯一のコミカルな役どころで作品に丸みを与えた。

 脚本を書いた安和は「一つの視点を伝えたかった。見方によって、別の事実も見えてくる。見た人の心に何か引っ掛かってほしい」と願いを込めた。

 観劇した原作者の野里は「私自身、泉さんは信念も逃げたい気持ちも両方持っていたように思う。単純な善悪では語れないことを劇でも伝えてくれた。24年前の本をよく若い人たちが劇にしてくれた」と敬意を表した。

最終更新:6/14(水) 14:35
沖縄タイムス