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恩師ら明かす青木2000安打達成秘話 杉村繁氏「飲み込み早く、逆境の強さが今の姿を作った」

6/14(水) 16:56配信

夕刊フジ

 アストロズ・青木宣親外野手(35)が日米通算2000安打。日本人選手で史上7人目の快挙を達成した男の秘話を、古巣ヤクルトの恩師たちが明かした。

 「達成できて本当によかった」。青木の早大時代にヤクルトのスカウト部長だった小田義人氏(70)は、潜在能力を見いだした人だ。

 母校の早大で初めて打撃を見た瞬間にホレ込んだ。「間の取り方。これは1、2軍選手の分かれ目になるが、天性のセンスがあった。手首も強く柔らかい。スカウト人生で一番の打者だ」と振り返る。

 日向高時代は投手だった青木は、右肩を壊し2年時に野手へ転向。当時の野村徹監督の指導を受けた。小田氏は「左方向に打ち返すのを徹底していた。ティー打撃でも右肩が開かないよう背後にネットを置いて壁を作って打った。打者・青木の原点だ」と明かす。

 3年秋の東京六大学リーグで首位打者。打者として評価を高め2003年ドラフト4巡目で指名を受け入団。杉村繁チーフ打撃コーチ(59)は入団時に1軍打撃コーチとして青木を“磨きあげた人”だ。

 04年オフ、杉村コーチは当時の若松勉監督から「モノにしてくれ」と厳命され指導開始。「当時はヒットポイントを前に置いて叩く打者が多かったが、球を手元に呼び込み逆方向に強くたたけと教えた。早大で下地できていたから飲み込みが早かった」とうなずく。

 その成果は2年目の05年に表れた。202安打をマークし最多安打と首位打者を獲得。「でも4月は全然打てなくてレギュラーから外す寸前までになった。そこから奮起して記録を達成した。逆境の強さが今の姿を作った。本当に大したもんだ」とまな弟子をたたえた。 (夕刊フジ編集委員・山田利智)

最終更新:6/15(木) 11:46
夕刊フジ