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<元甲子園エース>夢の線路は続く…運動障害でプロ野球引退

6/14(水) 14:40配信

毎日新聞

 ◇JR西・近田怜王さん

 かつての甲子園のヒーローが、JR三ノ宮駅(神戸市中央区)の駅員として、第二の人生を歩んでいる。2006~08年、強豪・報徳学園(兵庫県西宮市)のエースとして活躍した近田怜王(ちかだ・れお)さん(27)=同市。卒業後はプロ、社会人野球の世界に飛び込んだが、プレッシャーなど心理的な要因でうまくプレーができなくなる運動障害「イップス」に苦しみ引退。新たな場所で「これからは支えてくれた人たちや、チャンスをくれた会社に恩返ししたい」と意気込む。【黒川優】

 同県三田市出身。高校では1年生の秋からエースとしてチームを引っ張った。センバツ、夏の甲子園に通算3回出場し、3年夏には8強まで進んだ。最速147キロの本格派左腕として注目を集め、09年にプロ野球・福岡ソフトバンクホークスにドラフト3位で入団した。だが、心中には不安があった。

 高校2年の夏の甲子園、青森山田(青森)との初戦を、風邪をこじらせたまま先発した近田さんは熱中症で足がけいれんして七回に降板し、チームも敗れた。悔しさを振り払おうと翌日から練習に励んだが、3日後、ランニング中に突然意識を失い入院した。練習を再開した日、すぐに異変に気づいた。指先の感覚がなく、ボールをたたきつけるなど、狙い通り投げられない。イップスの症状だった。なんとか3年間野球を続けたが、ベストの状態に戻せぬままプロ入りの日を迎えた。

 プロの世界は想像以上に厳しく、ごまかしは利かなかった。自主トレに励んだが、1軍公式戦未登板のまま、12年10月に戦力外通告を受け退団。翌年JR西日本に入社し、都市対抗野球大会にも出場したが、15年に現役引退した。

 三ノ宮駅ではホームに立って乗客の安全確保に努めつつ、車掌になる試験勉強にも取り組んでいる近田さん。しばらくは仕事に専念していたが、京都大出身の上司からの依頼で今年1月、京大野球部のコーチに就任し、月1、2回ほどグラウンドに立つ。将来は、社会人や高校で本格的に野球を指導する夢もある。「大事なのは野球を楽しむこと。技術や戦略だけでなく、社会に出て成長する上で大切なことを伝えている。僕自身も日々勉強し、成長の毎日です」

最終更新:6/14(水) 14:47
毎日新聞