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【夢を追う】ボーカルユニット・ビーグルクルー(2)俺たちの歌を聴いてくれ

6/14(水) 7:55配信

産経新聞

 《YASS(ヤス)とNARI(ナリ)は、中学校の同級生だった》

 YASS 2人でいつも遊んでいました。音楽に目覚めたのは、中学2年のとき。ロックバンドのGLAYにあこがれました。歌がうまいと、格好良いじゃないですか。

 週に3日はカラオケに行きました。当時からNARIは歌がうまかった。正月に2人で、お年玉の1万円を持って、天神にギターを買いに行きました。

 洋楽にも、はまりました。ヒップホップやR&B(リズムアンドブルース)ばかり聴きました。歌詞よりも、曲の格好良さにひかれました。耳に心地よい。この感覚は2人とも同じでした。

 別々の高校に通いましたが、2人とも中退しました。やはり音楽をやりたかった。

 僕は20歳ごろから作曲を始めました。ギターを持って、上京したこともありましたが、夢破れて福岡に戻りました。

 それからは、テレビの音楽番組などのオーディションを受ける日々でした。やがてNARIも参加しました。

 意を決して、23歳で路上ライブを始めました。平成18年でした。

 ユニット名のビーグルクルーは、僕の実家で飼っているオスのビーグル犬から採りました。「クルー」は響きが良かったので、付けたんです。

 場所は、西鉄福岡(天神)駅の大画面のある辺りです。

 自己紹介や次回のライブ日程、ホームページアドレスを書いたチラシを、手当たり次第に配りました。

 天神の辺りは、路上ライブをする人が多いですよね。ライバルです。周囲のアーティストに人が集まっているのを見ると、「あの10倍集めるんだ」と、張り合っていました。

 ファンが目に見えて増えるのが分かると、うれしかった。

 路上ライブの主流は、ギターや電子ピアノを弾きながら歌う「弾き語り」でした。

 僕らは楽器ではなく、打ち込んだ曲をコンポで再生し、歌いました。「歌唱力で勝負する」というスタイルを採りたかったのです。《路上で5年間、歌い続けた。その間、メジャーデビューも果たした》

 YASS 週に3日、夜8時から2時間ほど、歌っていました。ガソリンスタンドの店員などの仕事で生計を立てました。将来、音楽で食べていくことへの不安はみじんもありませんでした。「俺たちの歌を聴いてくれ。絶対に好きになるから」。そう信じきっていました。

 NARIと、音楽性からけんかをすることはありません。同じ方向を見てなさ過ぎて、ぶつからないのかもしれません(笑い)。

 NARI 僕は、歌うこと一本です。YASSを信頼し、曲作りは任せています。YASSが作詞し、音を乗せるときに、「えっ?」と思わぬ方向に行くこともあります。

 でも、かえってそれが面白いし、楽しい。新曲のデモテープをもらうと、ひたすら車で練習します。

 YASS メジャーデビューまでは、トントン拍子でいった感じがします。

 路上ライブを始めて1年後、RKB毎日放送のローカル音楽番組「MTM」で、レギュラーを決めるオーディションがあり、グランプリを獲得しました。

 番組出演を契機に、ユニバーサルミュージックのスタッフが路上ライブを見に来て、デビューが決まりました。

 実感はなかったですね。

 シングルの発売日にもアルバイトをしており、CDが店頭に並んでも、どこか人ごとのような不思議な感じがしました。

 でも、CD店などでの「インストアライブ」で、初めて見るお客さんが増えた。曲が全国ネットで流れるようになり、400~500人のライブは、いつも即日完売になりました。

 「福岡を拠点に、ガツンと盛り上げてやる」。そう誓いました。

最終更新:6/14(水) 7:55
産経新聞