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琢磨のインディVに隠れたホンダF1の低迷…10歳の少年を熱狂させた30年前の走りをもう一度

6/14(水) 17:57配信

サンケイスポーツ

 佐藤琢磨(40)=アンドレッティ・ホンダ=が、世界三大レースの一つ、インディ500で日本選手初優勝を飾った。シーズンの合間を縫って13日に東京都内で会見するなど、歴史的偉業が大々的に報じられる一方、F1の名門チーム、マクラーレンにパワーユニット(PU)を供給するホンダの苦闘ぶりが、暗い影を落としている。

 インディ500決勝と同じ、5月28日に行われたF1モナコGP決勝ではインディ500に出場するため欠場したフェルナンド・アロンソ(35)=スペイン=に代わって出場したジェンソン・バトン(37)=英国、ストフェル・バンドーン(25)=ベルギー=ともにリタイア。続くカナダGPでは、アロンソが終盤までポイント圏内を走行していたが、マシントラブルで完走できず16位に終わった。

 今季7戦を終えた時点で、決勝で10位までに与えられるポイントを獲得できていないのは、マクラーレン・ホンダのみ。製造者部門で屈辱の最下位に沈んでいる。2015年にF1に復帰したホンダは、マクラーレンとのタッグで3年目を迎え、今季は飛躍の年になるかと思いきや、事態は真逆の方向に進んでいる。マクラーレンは他メーカーへのPU変更や、アロンソも9月までに結果を残せなければ、他チームへの移籍をほのめかしている。

 琢磨は10歳のとき、1987年に初めてF1日本グランプリ(鈴鹿)を生観戦。2位になったロータス・ホンダのアイルトン・セナ(ブラジル、故人)に魅せられた。セナは翌88年、マクラーレン・ホンダへ移籍。アラン・プロスト(フランス)とのコンビで16戦15勝とライバルを寄せ付けず初の総合王者に輝くと、90、91年にも同チームでタイトルを手にした。

 当時のマクラーレン・ホンダの強さを知るファンからすれば、現在の惨状は受け入れがたいものがある。琢磨はエリオ・カストロネベス(42)=ブラジル、ペンスキ・シボレー=との熾烈な優勝争いをこう、振り返った。「ホンダのエンジン同様、頭をフル回転させていろいろとシミュレーションしていた」。最高時速380キロに達するエンジンにすべてを委ね、サーキットに詰めかけた35万人の注目を一心に浴びた。

 自動車レース最高峰のF1は、一朝一夕では頂点に届かない。現在、優勝争いを繰り広げるメルセデスとフェラーリは車体とPUを同時に開発し、他チームに圧倒的な差をつけている。日本のモータースポーツ人気復活のためには、F1でのホンダの復調が不可欠だ。琢磨の快挙で世間の関心が再び高まったいまこそ、30年前の佐藤少年を熱狂させた、あの走りをもう一度見せてほしい。