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【コラム】かつての失敗を糧に…“第2次ペレス政権”で成功のサイクルを迎えたレアル

6/14(水) 18:08配信

SOCCER KING

 レアル・マドリードがチャンピオンズリーグ(CL)を制した。今シーズンは、リーガ・エスパニョーラとの2冠達成であり、さらにCLが現行の大会方式になってからは史上初めての連覇となった。

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 決勝で2得点を決め、リオネル・メッシに並ぶ5度目のバロンドールをぐっと引き寄せたクリスティアーノ・ロナウド。そんな絶対的なエースに休みを与え、ビッグマッチでの爆発を引き出し、巧みなローテーションで層の厚いメンバーを扱い、チームを2シーズン連続の欧州王者とリーガ制覇に導いたフランス人指揮官ジネディーヌ・ジダンには2冠の立役者としてスポットライトが集まった。彼ら2人はクラブにおいて、レジェンドと称えられている。一方、あるレジェンドと比較されている人物がいる。フロレンティーノ・ペレス会長、その人だ。

 レアル・マドリードで活躍した元ブラジル代表FWロナウド氏はスペインのテレビ番組に出演した際に、「会長にはリーガとCL優勝の祝辞を送った。フロレンティーノ・ペレスは、新しいサンティアゴ・ベルナベウだ」とコメントした。サンティアゴ・ベルナベウとは、元レアル・マドリードの選手であり、1943年から1978年まで会長を務めた人物で、今のクラブの礎を築いた。彼はアルフレッド・ディ・ステファノを獲得し、欧州カップ5連覇という黄金期を築き、さらにスタジアム、トレーニングセンターも建設した。その名前が現在の本拠地の名称となっていることが、その偉大さを雄弁に物語る。ペレス会長はそんな伝説の人物と比較され、「レアル・マドリード歴代史上最高の会長か?」と地元メディアの間で議論されている。

 ペレス氏は1994年に会長選に敗れたが、2000年に再度会長選挙に打って出ると勝利し、レアル・マドリードの会長に就任した。選挙の公約どおり、ライバルであるバルセロナからキャプテンのルイス・フィーゴを獲得した。それを皮切りにジダン、ロナウド、さらにデイヴィッド・ベッカムと、夏が来る度にスーパースターを1人ずつチームに加えた。その集団は『ロス・ガラクティコス(銀河系軍団)』と呼ばれもてはやされたが、チームとしてはベッカムを加えた時点でバランスが崩れた。その崩壊は指揮官を何度代えても止めることができず。そして2006年2月に2シーズン連続での無冠が濃厚となり、ペレスは会長を辞任した。クラブ所有の土地を売却することで多額の負債も返済し、さらにはスター選手も獲得したが、第1次政権では、欧州制覇は1度に終わった。

 世間はスペイン最大の建設会社のオーナーであるペレス氏の経営手腕は有能であることを認めていた。負債をチャラにし、チームを黒字に好転させたのはまさに彼でなければできなかった。しかし、言わずもがなレアル・マドリードは企業であり、かつスポーツチームでもある。現場の意向を聞かずにマーケティングを重視し、スターを加え、自分の意向に従わない監督も次々に替えてしまったので、同氏は“サッカーを何も知らないのに現場介入する会長”という烙印を押された。

 経験というのは、やはり何物にも代えがたいものだ。それは何も選手や監督に限ってのことではない。会長もそうだ。

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最終更新:6/15(木) 10:03
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