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もしコミー前FBI長官が文科省の事務次官だったら

6/15(木) 9:33配信

ITmedia ビジネスオンライン

 今、世界的リーダーの2人が疑惑の渦中にある。日本の安倍晋三首相と、米国のドナルド・トランプ大統領である。

【コミー証言から日本が学べること】

 2017年2月に首脳会談に際してフロリダで一緒にゴルフをラウンドするなど、2人が非常に仲良しであることは世界的にもすでによく知られている。日本の首相が絶対的な同盟国である米国のトップと他の首脳たちよりも深い信頼関係を築いているというのは頼もしい限りだが、一方でトランプが失態を晒(さら)せば晒すほど、同類と見られてしまいかねないリスクもある。トランプとの付き合いは微妙な距離感が必要になるだろう。

 そんな両者が偶然にも“仲良く”スキャンダルに直面しているのである。安倍首相は加計学園問題、トランプ大統領は「ロシアゲート」を捜査するFBI(米連邦捜査局)に対して「捜査妨害」があったかどうか、の疑惑だ。

 加計学園については、文部科学省の前川喜平・前事務次官の証人喚問が取りざたされている。一方、米国では、当時のジェームズ・コミー前FBI長官が6月8日、米上院情報委員会の公聴会に出席して証言を行なった。

 この公聴会は「スーパーボウル」級に注目され、多くの国民が中継を見るためにテレビの前に座った(1950万人ほど)ことが話題になっていた。筆者も日本にいながら、夜中に公聴会の様子をライブ中継で視聴した。

 今回のコミーの公聴会を見ながら、加計学園問題に通ずると感じていた。というのも、両ケースには似ている部分が少なくないからだ。どちらも政権トップにまつわる話であり、またそのトップの過去の発言(意向)に焦点が当てられている。さらにその疑惑のカギを握るのは、どちらも政府機関の重要人物(FBI長官と文科省事務次官)である点も似ている。その上、重要人物2人の発言が政権をひっくり返しかねないというのも同じである。

 さらに言うと、加計学園問題で取りざたされている「総理の意向」文書は、前川氏がメディアに配っていたと菅義偉官房長官が示唆していたと報じられている。コミーも退任後に、トランプとのやりとりを旧知の大学教授からメディアにリークさせている。

 ただ両スキャンダルの展開には、ある大きな違いがある。FBIのコミーが議会公聴会で証言をしたのに対して、日本の前川氏は、議会での証人喚問を行なっておらず、今のところ、証言する予定もない。ちなみに米議会では、トランプ大統領の共和党が上院・下院ともに支配しているが、トランプに不利になりかねないFBI前長官の公聴会を実施した。

●トランプとコミーの会話の内容が焦点

 日本ではまだ加計学園の問題が盛り上がっているが、世界が大注目した今回のコミー証言から日本が学べることがありそうだ。公聴会の発言を見ても、コミー前長官が文科省の事務次官だったら、少なくとも現在のような不毛な展開にはなっていない可能性がある。

 どういうことか見ていく前に、まず米国で何が起きているのか、簡単に説明したい。トランプに関して問題となっているのは、トランプの側近だったマイケル・フリン前大統領補佐官に対するFBIの捜査を、大統領自身が妨害しようとしたかどうかだ。ちなみにフリンは、ロシアとの関係が露呈して2017年2月に辞職に追い込まれている。もしトランプがコミーに、ロシアとの関係でFBIの捜査対象になっていたフリンに対する捜査を止めるよう圧力をかけていたら、それは「司法妨害」に当たり、弾劾裁判から罷免(クビ)にもつながりかねない重罪となる。

 そこで、FBIの捜査をめぐって、トランプとコミーが2人きりで何度か交わした会話の内容が焦点となっているのである。

 コミーは、ニューヨークのトランプ・タワーやホワイトハウスの大統領執務室で、トランプと2人きりで話した内容について、直後に全てを書面にして記録していた。具体的に言うと、例えばトランプ・タワーでの面談後には、ビルを出て乗り込んだクルマの中で、機密情報を扱える安全なノートPCに今まさに話をしてきた内容をタイプして記録した。

 これはコミーがFBI長官になる前から、検事としてニューヨークのマフィアを起訴したり、NSA(米国家安全保障局)のテロリスト監視プログラムを法の範囲内で行うよう変更させるなど、数々の厳しい現場で得た経験によるものだと言える。そこで後々重要になるかもしれない情報をきちんと残す術を身に付けたと考えられる。

 今回の公聴会で、コミーはこんなふうに委員から聞かれている。「司法省でもFBIでも経験値が高く、これまで共和・民主両党の大統領と仕事をしたあなたが、なぜ(大統領との2人の会話について)記録を残し始めるようになったのか」

 コミーは、その理由について「いくつかの要因が入り混じっています。状況、会話内容、やり取りをしている相手――。まず米国の大統領と2人きりだった、つまり間もなく大統領になる次期大統領です。会話内容については、FBIの核心的な責任に触れた内容だったことと、次期大統領個人に関する話だったからです。さらにやりとりをしている相手について、私は正直言って、彼(トランプ)が話し合いの本質について嘘をつくかもしれないと懸念していたからです」と述べた。

 つまり、コミーはトランプを全く信用しておらず、そのために少し想像力を働かせて、信用できない次期大統領と密室で話をすることでどう利用されるのか分からないという心配があったからこそ、詳細にメモを記録したのである。

●もしコミーが文科省の事務次官だったなら

 特にこの部分のやり取りを聞いていて加計学園の問題が脳裏に浮かんだ。

 コミーのケースでは、トランプから直々に「意向」らしきものを告げられており、その内容と真偽、圧力の有無が問題になっている。加計学園の問題では、獣医学部を新設するプロセスの中で、「官邸の最高レベルが言っていること」「総理のご意向」という文書が作成されたとされ、後にメディアに流され、それを元に安倍首相の圧力が存在したかどうかが議論になっている。

 加計学園問題の本質である文科省の文書の存在を「確認できない」と主張していた自民党は、結局文科省で再調査を行うことを決め、近く結果が発表されそうだ。だが仮に今さら文科省の内部から文書が出てきて、そこに同じように「官邸の最高レベルが言っていること」「総理のご意向」というような文言が確認できたとしても、首相側からすれば、その「意向」の存在そのものが事実とは証明されない、と突っぱねることもできる。事実、前川氏自身が、この「官邸の最高レベルが言っている」という文言について「総理のご意向かどうかは確認のしようはありませんが」と語っていることからも、首相にまで被害が及ぶことはないだろう。

 ないはずの文書が出てきたことで、文部科学省幹部が責任を取って辞職する、といったことはあるかもしれないが、それ以上になることはないのだ。

 ただもしコミーが事務次官だったなら、おそらく「官邸の最高レベル」または「総理」との接触を試みるなど、関係者に直接、いつどこで誰が述べた「意向」なのかを確認したかもしれない。そして、それを直ちに、トランプとの会談後に行ったように、時間や場所など詳細を含めて内容を記録したに違いない。

 特に日本において、獣医学部新設というのは大きな政策転換であり、重要な問題である。その重大性を考えると、コミーなら新設決定に関わるような文書や口頭で細かなやり取りも、間違いなく記録していたに違いない。そしてその記録を根拠に、「怪文書」と一蹴されることなく、自信をもって真実を具体的に告発できた。

●記録を残さなければいけない

 コミーを英雄視するつもりは毛頭ないが、ニューヨークで検事として修羅場をくぐり抜け、愛国心と組織へ尊敬心をもってFBIを率いたコミーの“流儀”を、日本の官僚に徹底させることは酷だろう。ならば想像力を働かせ、せめてすべての文書ややり取り、電子メールなども徹底して記録に残す努力が求められる。

 そもそも、税金を使って業務をする中で、どんな小さなやり取りでも、できる限り記録するのが当たり前ではないだろうか。それがなければ国民も行政に対する監視ができない。徹底した記録保全が義務化され、すべてのやり取りが残されるのが当たり前という義務でもあれば、文書が存在するかしないかという部分で議論になることはない。

 現在野党が「公文書管理法」の一部改正案を提案している。というのも、現状では、交渉などの文書でも保存期間は1年未満で、都合の悪い記録も1年後には「廃棄した」と言ってしまえば許されてしまうからだ。2017年2月に発覚した森友学園にからむ疑惑、自衛隊の南スーダン国連平和維持活動(PKO)による派遣施設隊の日々報告も破棄したと言い逃れされた(自衛隊の日々報告は後に“発見”)。重要な公文書の存在がこうも立て続けに、廃棄という理由で誤魔化されてしまうのは、先進国ではあり得ない深刻な状況だと言える。

 改正案で重要なのは、政府機関の職員による個人のメモや電子メールも行政文書として保存し、外部との面会の際に作った文書も保存期間を伸ばし、廃棄のルールも厳格化する点だ。現在、力ない野党がそれをどこまでプッシュできるのかは分からないが、こういう法案は直ちに議論される必要がある。

 今、一般企業でも、ビジネスパーソンはクライアントのやり取りや、電子メールでのやり取りなど、「言った言わない」で問題が起きないよう以前よりも情報保存について意識が高くなっていると感じている。企業によっては、あえて電子メールに残すことで交渉の記録を残しているという話も聞く。

 米議会の公聴会では、コミーは「何が起きたのか(会話)の記録が必要になる日が来るかもしれないと思っていた」とし、こう語った。「自分自身を守るためだけでなく、FBIを守り、組織としての尊厳を守るためだ」。

 日本の官僚にも、ぜひコミーの爪のあかでも煎じて飲んでもらいたいものだ。

(山田敏弘)

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