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巨人“新GM”鹿取氏はどんな人? ミスターにも臆せず…何かあったら「俺が責任取る」

6/16(金) 16:56配信

夕刊フジ

 巨人の新GMに就任した鹿取義隆氏(60)とはどんな人物か。

 14日のソフトバンク戦(東京ドーム)に就任後初めて姿を見せ、ナインらにあいさつ。山口俊らのノーヒットノーランリレーに「日米野球(2014年)で則本(楽天)や牧田(西武)でやったのを思い出したよ」と笑顔がはじけた。

 こんな話を聞いたことがある。1999年の開幕直後。1軍投手コーチに就任した鹿取GMは、当時の山室球団代表に「桑田、斎藤、槙原がいなくなった後のことを考えたことありますか?」と問いかけた。代表は「考えたこともなかった」と認め、鹿取GMは「もう新しい3本柱を作ることを考えないといけない時期ですよ」と訴えたというのだ。

 前年の98年は30歳の桑田真澄が16勝、33歳の斎藤雅樹が10勝、後半戦で抑えに回った35歳の槙原寛己は6勝18セーブ。3本柱は当分健在とみられていたが、鹿取GMの見立て通り、斎藤、槙原は2001年に引退。桑田は06年まで巨人でプレーしたが、その後の8年間で2桁勝利を挙げたのは02年だけだった。

 新GMに改めて当時のことを聞くと、「強いときはそういうことに気がつかないんだよ。今は(強いのか弱いのか)どっちかわからないけど、強いときにしっかりやっておかないと、後から大変なことになる」と真意を説明した。

 勝っても浮かれることなく、常に二歩三歩先を見据えることができる。育成やドラフトが課題の巨人にとっては、うってつけの人材といえる。

 また、ある球団関係者は「堅物な性格で、人とは連まない。鹿取さんがGMになったからといって、誰かを連れてくるというのは思い浮かばない。西本(聖)、定岡(正二)、角(三男)、藤城(和明)が同級生だが、決して仲がいいとはいえなかった。一匹狼タイプだ」と分析。体制が変われば、トップは外部から親しい人間を集めるケースが多いが、こと鹿取GMに関しては“仲良し内閣”を作ることはないだろう。

 投手コーチ時代はどちらかというと選手の立場に立ち、長嶋監督や原監督に意見し衝突することもあった。「鹿取さんのときが一番やりやすかった。『何かあったら俺が責任を取る』と言って、日本一になった年(2000年)に本当に辞めてしまった。あの人は信用できる」と投手陣からの信頼は厚かった。

 ミスターにも臆することがないのだから、読売上層部からの要求も突っぱねることがあるだろう。球団もこういう性格を十分に理解した上でGM就任を要請しているはずで、巨人ファンの期待に応えるチーム作りが実現しそうだ。 (塚沢健太郎)

最終更新:6/16(金) 17:52
夕刊フジ