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ハリルJ・久保にかかる期待と課題 “恩師”菅澤氏、左足も使える指導した1年「ボール持ち替える時間を相手はくれない」

6/16(金) 16:56配信

夕刊フジ

 【久保裕也の恩師激白】菅澤大我氏

 本田に代わる日本代表のエースと目されるFW久保裕也(23)=ヘント=は13日のイラク戦にフル出場したが、右足をつってノーゴールに終わった。「個人的にはいいプレーができなかったが、アウェーで勝ち点1を取れたので、ポジティブに捉えたい」。大きな期待と課題が同居した一戦だった。 (スポーツジャーナリスト 藤江直人)

 神様ジーコは日本代表監督時代、左利きのFW久保竜彦(当時横浜F・マリノス)の起用にこだわったことがある。

 「左利きのFWは希少価値だ。ボールを持つだけで相手の脅威になる」

 ジーコの説明を裏返せば、右利きのFWは右足だけでは生き残れないということでもある。指導者に転身した1996年から、菅澤は右利きのFWに対して、ストレスを感じることなく左足も使える指導を巧みに施してきた。

 東京ヴェルディのジュニアユース時代は森本貴幸(川崎フロンターレ)に、京都サンガU‐18時代は久保裕也(ヘント)に。本人に特に意識させることなく、左足の練習メニューを混ぜ込んだ。

 「ゴール前で左足から右足へボールを持ち替える時間を相手は絶対に与えてくれない。それならば左足でシュートを打つときに、一瞬たりともネガティブな要素が入らないようにする。ただ、居残り練習はさせるけれど、猛特訓というのは僕自身が嫌だった。毎日100の力で練習させれば飽きるし、けがをするリスクも高まってくるので」

 がむしゃらに左足を振らせるメニューは課さない。1本1本を丁寧に蹴ることで、無駄のない正しいフォームを体に覚え込ませた。

 「森本も左足のシュートがうまかったけれど、久保はさらにちょっとだけ器用でした。ただ、1本いいのが決まって切り上げることはあったけれど、納得するまで(いつまでも)蹴るということは絶対にさせなかった」

 京都・城陽市内の練習施設サンガタウンの近くに、府立山城総合運動公園がある。菅澤が幼い娘を連れて散歩に行ったある日、久保と出くわしたことがある。山口・鴻南中学からの盟友、MF原川力(サガン鳥栖)と自主練習に励んでいた。

 「こんな所でボールを蹴って、人に当たったらどうするんだよ」

 思わず小言を言った菅澤だったが、心の中では笑っていた。居残り練習で満足できなかった久保に、自主練習まで禁止するつもりはなかった。

 「左足のシュートは中学の時から打っていたけど、あの1年はすごく大きかったと思っている」

 菅澤に師事した1年に今も感謝する久保は、ヘントで決めた11ゴールのうち、半分近い5つを左足でたたき出している。

 ■菅澤大我(すがさわ・たいが) 1974年6月30日、東京都生まれ。高校時代は読売サッカークラブ(現東京ヴェルディ)のユースでプレー。96年から古巣で指導者の道を歩み始め、育成年代を担当した10年間で森本貴幸、小林祐希、高木3兄弟らを発掘・育成した。名古屋グランパスエイト、京都サンガ、ジェフユナイテッド千葉で育成のスペシャリトとして活躍。2016年にロアッソ熊本入りし、今季は育成ダイレクターを務める。

最終更新:6/16(金) 17:00
夕刊フジ