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野際陽子さん…必ず「わたし」ではなく「わたくし」と言った“美学の人”

6/16(金) 5:32配信

スポーツ報知

 「キイハンター」「ずっとあなたが好きだった」など、多くのテレビドラマで活躍した女優の野際陽子さんが13日午前8時5分、肺腺がんのため都内の病院で死去したことが15日、分かった。81歳だった。この日、近親者のみで密葬を済ませた。野際さんは現在放送中のテレビ朝日系昼の連続ドラマ「やすらぎの郷」(月~金曜・後0時半)にレギュラー出演していたが、5月中旬に入院。病床では最後まで現場復帰に意欲を見せていたという。

【写真】75年、スポーツ報知のインタビューに答える野際さん

 必ず「わたし」ではなく「わたくし」と言った。野際さんは美学の人だった。

 1992年、生涯の当たり役となったTBS系ドラマ「ずっとあなたが好きだった」で、佐野史郎(62)演じるマザコン「冬彦さん」の母に起用された時のこと。台本で、賀来千香子(55)演じる「冬彦さん妻」を徹底的にいじめる役柄と初めて向き合った時、最初は正直ヘコんだ。しかし、じっくりと読み込んで思い直した。「でも、これも立派な愛情じゃないかな。こういう母親、いるよね」。世間が怪演と呼んだ演技も、野際さんにとっては真っすぐな感情の発露だった。

 67年3月、留学先のフランスから帰国した時のこと。羽田空港で報道陣が待ち構える中、タラップを下りてきた野際さんは、ヒザ上10センチのミニスカート姿だった。過去にないスタイルで記者たちや一般客の度肝を抜くと、パリジェンヌさながらの微笑を浮かべ「帰国を前に、持ち金をはたいてスカートなど十数着を買いました」と言った。

 同年10月、英国モデルのツイッギーが来日してミニブームを巻き起こしたとされているが、日本における「ミニスカート第1号」は野際さんだった。

 日本人離れした優雅な美しさを保ち続けた。晩年まで、健康とプロポーションを維持するためには何でもやった。自宅は常に健康器具や健康食材でいっぱいだった。人から勧められたら何でも試すと決めていた。

 冬のオフにはスキーに出掛け、ゲレンデで華麗な滑りを披露した。自宅でも両腕にダンベルを持って、スキーのストックのように前後させる野際流スクワット200回が日課だった。

 70歳を過ぎて始めた水彩画では、美しい自然を美しい色あいで描くことを徹底してこだわった。誰もが見とれるような美しい人の美しい人生だった。

最終更新:6/16(金) 15:21
スポーツ報知