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準備罪法成立 個人のテロ、対応できず 「通信傍受」議論置き去り

6/16(金) 7:55配信

産経新聞

 「テロ等準備罪」を新設する改正組織犯罪処罰法が15日成立し、法務省幹部が「やっと国際社会と協調できる」と歓迎するようにテロ対策は一歩前進した。ただ、同法は組織犯罪を対象にしている以上、個人のテロに対応することはできない。通信傍受の対象犯罪ともされず、未然防止という点では実効性に疑問符が付く。捜査と人権のバランスを考慮しつつ、諸外国のような令状なしの通信傍受の在り方についても、議論を始めるときに来ている。(大竹直樹)

 「これほどがんじがらめに縛られた法律もない。実務面では、ほとんど意味がないだろう」

 法案に携わってきた法務省幹部の率直な感想だ。ようやく国際組織犯罪防止条約(TOC条約)を締結でき、日本も犯罪捜査上のメリットを享受できるが、別の法務省幹部は「要件が厳しく適用は困難」と語る。捜査現場では「テロ対策に資する法律だが、実は捜査の武器にはなり得ない。より慎重になるだろう」(検察幹部)との声もある。

 法案審議で民進党は、LINE(ライン)やメールが監視され人権侵害につながると追及してきたが、テロ等準備罪は通信傍受の対象犯罪ではなく、これを理由とする監視はできない。のみならず、犯罪の嫌疑がなければ、尾行や張り込みをすることも許されない。2020年東京五輪・パラリンピックを控え、テロ対策は喫緊の課題だが、外務省幹部は「野党の主張はあまりに現実の脅威を度外視していた」と振り返る。

 参院法務委員会で参考人として出席した日本大危機管理学部の福田充教授は「インテリジェンス(諜報活動)を強化しなければテロ計画や準備行為自体を認知できない。犯罪が行われる前に実施する行政傍受が求められる」と指摘する。行政傍受とは犯罪が起きる前に行政機関が行う通信傍受。諸外国ではテロ組織の潜伏先特定などで活用されているが、日本では一切の行政傍受が認められておらず、テロの兆候があったとしても認められない。

 日本で許されているのは既遂の犯罪捜査の一環として裁判所の令状を受ける司法傍受だけ。通信傍受法によって運用も大きく制限されており、薬物犯罪や爆発物使用、誘拐などの犯罪に限られている。対象犯罪が実行されていなければ傍受できず、国会に報告される件数は年間10件程度だ。日本では通信傍受の議論が避けられ、中でも、行政傍受は憲法で保障された「通信の秘密」を侵害する行為だとの批判があり、タブー視されてきた。

 今年5月の英国マンチェスターの自爆テロでは、警備が手薄な「ソフトターゲット」が狙われた。近年は組織に属さない「ローンウルフ」(一匹おおかみ)型と呼ばれる個人のテロが目立つが、テロ等準備罪の適用対象は組織的犯罪集団に限られ、個人のテロには対応できないのが現状だ。「世界では、テロ事件は氷山の一角にすぎない。実際は膨大な数のテロを計画段階で止めている」。外務省幹部はこう力を込める。

 ブラジルでは昨年、リオデジャネイロ五輪を狙ってテロを企てようとしたイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の支持グループが逮捕された。治安当局は数カ月前からグループの動向を監視。メンバーが隣国パラグアイで銃器を購入しようとしていたことなどを確認して逮捕に踏み切り、テロを未然に防ぐことができたのだ。

 実務的なテロ対策なら、通信傍受法や刑事訴訟法の改正が必要になる。テロの兆候情報を得て発生を未然に防ぐためにも、これまで避けられてきた議論と真剣に向き合うことが重要だ。

最終更新:6/16(金) 10:50
産経新聞