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出世争い、まだ終わらず――和気、再起へ

6/16(金) 10:40配信

スポニチアネックス

 【中出健太郎の血まみれ生活】武蔵野には、故郷の岡山に近い雰囲気を感じるのだそうだ。都心に比べて車の量が少なく、走りやすい大きな公園や広い道路もある。「ロードワークにはメチャクチャいい」。トレードマークのリーゼントはそのままに、和気慎吾が穏やかにほほえんだ。

 JR武蔵境駅から徒歩10分ほどのFLARE山上ジム。元世界王者・小林弘氏が会長を務めていたTAIKOH小林ジム(閉鎖)のあった場所に昨年末、移転してきた小さなジムが、和気の新たな所属先だ。道路に面したジムは開放的で外からもリングが見え、目の前には自然と居住まいを正される神社があり、赤と黒で統一された室内はまだピカピカ。環境は申し分ない。

 古口ジム所属だった和気は昨年7月、IBF世界スーパーバンタム級王座決定戦(大阪)で世界初挑戦し、強打のジョナタン・グスマン(ドミニカ共和国)に11回TKO負け。4度ダウンしても立ち上がる姿が感動を呼んだが、ボコボコにされ、顔面や肋骨を骨折した。9月には体を動かし始めたものの、無名の高校生だった自身をスカウトして世界挑戦まで育ててくれた古口哲会長と意見が合わず、衝突。練習できない状況に陥っていたところへ、親交があったFLARE山上ジムの赤井祥彦代表から救いの手が差し伸べられた。

 新しいトレーナーはレイ・オライス氏。2階級制覇のIBF世界フライ級王者カシメロ(フィリピン)らを手がけ、指導歴には亀田3兄弟も含まれる。協栄ジムのトレーナー時代に鬼塚勝也を育てた古口会長は“ミットの達人”として知られ、パンチの精度アップに定評があるが、和気はオライス氏に師事してからパンチの種類が増えたと実感している。「前の自分とは違う動きになっている。相手の打ち終わりに反応する練習や、普段は打たないパンチを打ったりしている」。希望していた海外合宿もフィリピンで2週間、米国はロサンゼルスとラスベガスで計1カ月間実施。国内では亀田和毅(協栄)らとスパーリングを行い、元日本暫定王者・瀬藤幹人(同)を迎える7月19日の再起戦(後楽園ホール)に備えている。

 和気がグスマンに敗れた後、スーパーバンタム級では小国以載(角海老宝石)がIBF、久保隼(真正)がWBA王座を獲得。「僕が負けてから1年以内に日本人2人が世界王者になった。悔しいの一言しかない。だからこそ、自分も世界のベルトを巻いてやろうと思うことができる」。特に1学年下の小国には13年にTKO勝ちし、東洋太平洋王座と先に世界挑戦するチャンスを奪っている。一度は“踏み台”にしたはずの選手が、自分が完敗したグスマンに勝って戴冠したのだ。胸中は複雑だろう。

 「小国選手はしっかり研究して、作戦を実行したから、あの結果になった。尊敬というか、あっぱれですね」。和気が実力未知数だったグスマンと実際に戦い、強みや弱点を露出させたため、後から挑戦した小国が戦いやすかったことは間違いない。自分が失敗したプレゼンを修正して大きなビジネスを勝ち取った後輩に、出世争いで抜き返されたようなものだ。

 他ジムの選手とも積極的に交流する和気だが、小国とスパーリングなどで関わる気は「一切ない」と言い切る。「世界王者でいる以上、常に狙っている存在だから」。群雄割拠のスーパーバンタム級だけに、再び対戦が実現するか分からない。だが、同じ空気を吸わずに、違うアプローチで抜き返そうという気概が感じられた。 (専門委員)

 ◆中出 健太郎(なかで・けんたろう) 2月に50代へ突入。スポニチ入社後はラグビー、サッカー、ボクシング、陸上などを担当。TAIKOH小林ジムへは99年、元WBA世界ライトフライ級王者・山口圭司がグリーンツダジムから移籍した際に取材で訪れた。山口は同年、スーパーフライ級で2階級制覇を目指したが、韓国人選手に痛烈なダウンを食って判定負け。ナジーム・ハメドにちなんだヒョウ柄トランクスが印象に残るサウスポーだった。