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会員70万人のサービスが終了。自分で立ち上げた会社が倒産するまでの実体験談

6/16(金) 22:00配信

STORYS.JP

これは起業家が成功する話ではなく、失敗する話です。
自分が想いを込めて立ち上げた会社が、ガラガラと倒産していくまで。
腹を割って語られるその体験談からは、普段会社勤めでない人でも、大きな知見が得られるはず。
投稿サイトに寄せられた実体験談をご紹介します。

地方で起業したIT開発会社が、VCからの資金調達に成功、パブリッシャーに業態転換を果たした後、倒産するまでの生々しい話。

このお話は、東北で起業したIT開発会社が、3年後に自社サービスを始めて、VCからの資金調達を成功させてパブリッシャになり会員70万人達成した後、倒産するまでの生々しい記録です。

システムの請負開発を事業とする開発会社(デベロッパ)にとって、自社ブランドのサービスを配信する会社(パブリッシャ)になることは、会社を大きく成長させるための夢であり、何かを失うかも知れない恐怖と背中合わせの賭けでもあります。
成功して得られるものは、「俺のサービスだ」と思えること。請負だと、たとえ何百万人の人が遊んでいても、サービスは他人のもの。自分が作ったはずなのに、自分のものとは思えない。この当事者意識の違いは、仕事の面白さに直結します。
失うものは、既存のお客様。自社サービスを伸ばすために人が足りないから、請負を断ってリソースを自社サービスに充てざるを得ない。しかし、万一自社サービスがコケたら一度断ったお客様が再び仕事をくれるだろうか?という心配がつきまといます。
私たちはこれらを乗り越え、請負業のデベロッパから始まり、地方にいながら自社サービスだけに集中、全国に配信するパブリッシャになりました。しかし、成功は長くは続きませんでした。なぜか?
私たちの経験が、パブリッシャへの業態転換を夢を見るデベロッパにとって、何かの役に立てば幸いと思い書きます。

■創業して軌道にのせるまで

東北で創業したのは2004年、「K sound design」という名前の会社です。着メロが流行っていて、高品質で安く作ることへの需要が高く、あっという間に30人の雇用を抱える会社になりました。急成長できたのはお客様に恵まれた以外にも、未経験だったので雇用を増やすリスクについてよく知らなかったことと、仕事が新しく面白かったので若い人がすぐに興味を持ってくれたこともあるでしょう。
また、もともとは東京で働いていたので、その時にお付き合いがあった方に声をかけていただいたこと。東京の住処も残したままだったので、そこが東京の営業拠点になったことで、お客様にも身近に思っていただけたこともあったかと思います。こうして、東京の営業、東北の制作という分業が、すぐに回り始めました。

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最終更新:6/16(金) 22:00
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