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『嘘つきトランプ』強気の理由

6/16(金) 12:01配信

ニュースソクラ

コミー証言に決定打なし、特別検察官の捜査始まる

 元部下が「それはシンプルに嘘だ」と断じれば、元上司は「リーク屋(情報漏洩者)」となじる。3流企業の裁判沙汰ならいざ知らず、これが米連邦捜査局(FBI)の前長官と大統領の応酬とは超大国の威信も台無しだ。

 コミー前長官は8日の議会証言でトランプ大統領に突如解任されたのは力不足のせいではないと反論。大統領に側近への捜査から「手を引いてほしい」と言われたことを明らかにした。

 しかし、翌9日にはトランプ氏本人が「そんな事は言っていない」と全面否定。強気の大統領に追い込まれている風はまるでない。

 米上院情報特別委員会は8日、トランプ政権とロシアの間の不明朗なつながりが指摘される「ロシアゲート疑惑」について公聴会を開催。そこで証言したのがコミー氏だ。

 証言によると、フリン大統領補佐官(国家安全保障担当)がロシア当局者との秘密接触の責任をとって辞任した翌2月14日、コミー氏は大統領執務室でトランプ氏と2人きりになった。

 そこで大統領は「(フリン氏は)ナイスガイだ。自由にしてやってほしい」と話した。コミー氏の受け止めは「大統領はフリン氏に対する捜査も中止するよう求めている」。これに先立つ大統領のとのやり取りでは「忠誠心」を再三求められたという。

 元部下の反撃に元上司も黙っていはいない。コミー証言には「誤りがある」とし、捜査に手心を加えたり、絶対服従したりするよう迫ったことはないと強調した。さらに嘘をつけば偽証罪に問われる議会での宣誓証言にも「100%」応じる準備があるという。

 訴訟など「コミーつぶし」も本格化しそうだ。コミー氏がトランプ氏との会話を記録したメモを親友の大学教授に見せたと証言したことから、司法省に機密漏洩の調査を指示することも大統領の選択肢の一つとなっている。トランプ氏が二人の会話を録音したというテープも実在すれば「コミーメモ」を否定する材料になりうる。

 なぜトランプ氏は強気なのか。最大の理由は疑惑の核心をえぐる決定打がなかったせいだろう。コミーメモの中身は公聴会の前にメディアを通じてかなり広まっていた。証言に司法妨害を裏づけるような「爆弾発言」はなかった。

 たとえトランプ氏が「手を引いてほしい」と言っていたとしても、それを「命令」だったと証明するのは難しい。本丸の「ロシアゲート疑惑」の追及も消化不良だった。

 初めてトランプ氏に会った1月7日。コミー氏は「ロシアゲート疑惑」について報告した直後、「会話を記録しておくべきだ」と判断したという。プロの直感というべきだろうが、その根拠は明示されていない。

 公聴会と並行して取引された9日のニューヨーク株は値を上げた。証言は報道の域を出なかったというのが市場関係者の反応だ。

 英紙フィナンシャルタイムズ(FT)は9日の社説で「証言はトランプ氏の政治的な命運に意味を持つのか。それ自体にほとんど意味はない。トランプ氏は米国政治の伝統やエスタブリッシュメントを蔑視することで選ばれたのだから。コアな支持者が動揺することはない」と論じた。

 問題はこれから始まる「ロシアゲート疑惑」の本格捜査に証言内容が活かされるかどうかだ。真相究明のためモラー元FBI長官が特別検察官に任命された。

 コミー氏は証言でFBIという組織そのものを非難したトランプ氏に反発。OBも含めたオールFBIが相手となれば流石のトランプ氏も油断はできまい。「その捜査プロセスが妨害されてはならない」(FT)。

 もっとも特別検察官が大統領のクビを切れるわけではない。捜査結果が司法長官を通じて議会に報告され、内容次第で弾劾手続きが始まる。反逆罪や収賄罪で有罪になれば罷免されるが、審理のプロセスは多重で最終的に上院の3分の2以上が賛同しなければならない。

 米政治史上、弾劾で辞任した大統領はいない。ウォーターゲート事件により任期途中で退任したニクソン大統領は弾劾手続きの途中で辞意を固めた。傍若無人なトランプ氏が引導を渡される前に自ら退くだろうか。

 特別検察官の任免権は大統領ではなく、司法長官が握る。原則的にトランプ氏はモラー氏が邪魔になっても排除できないが、司法長官を辞めさせて特別検察官のクビを挿げ替えるウルトラCができないわけではない。

 トランプ氏が徹底抗戦の構えをみせていることで捜査の長期化は確実だ。懸念されるのが政策運営の停滞だ。公共投資や減税で米経済の成長軌道を描こうとする経済政策「トランポノミクス」の具体的な道筋はいまだに見えない。

 政敵つぶしに忙殺されては目玉政策を推し進める余力がなくなる。一方で支持者をつなぎとめるため得意の大統領令などでポピュリズム的な政策を連発する恐れもある。

 地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」からの離脱表明は世界にマイナスとなりかねない。ワシントンでの政争の影響は米国内だけにとどまらない。

 最近の世論調査でトランプ大統領の支持率は30%台に低迷。任期を全うできないとみる向きは4割に達した。一方で「コアな支持者」も根強い。米紙ウォールストリートジャーナルは社説でコミー証言について「なぜ解任に値するのかが、明確になった」と論じ、「トランプ寄り」の論陣を張った。

 分断された米国と、それの乗ずるトランプ氏。コミー氏の内部告発をきっかけに加速する捜査が、正義を追求する一方で国民の溝をさらに深めるとしたら、米国にとって、その指導力に期待する国際社会にとって切ないジレンマだ。

春柳 弘 ( 国際ジャーナリスト )

最終更新:6/16(金) 12:01
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