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<週刊少年サンデー>異例の宣言文 あだち充と高橋留美子は真意を見抜いた 市原武法編集長に聞く・前編

6/17(土) 18:00配信

まんたんウェブ

 2015年に小学館のマンガ誌「週刊少年サンデー」で、就任したばかりの市原武法編集長が、生え抜きの新人作家の育成を優先する異例の宣言文を掲載したことが話題になった。「編集長が全責任を負う」と宣言した通り、サンデーでは、新人の連載が次々とスタート。しかし同誌の発行部数も苦戦するだけでなく、マンガ誌そのものの部数が減少する“冬の時代”で勝ち目はあるのか。市原編集長に話を聞いた。

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◇80年代の「サンデー」と団塊ジュニア

――市原編集長は入社以来「少年サンデー」一筋ですが、子どものころから「サンデー」を愛読していたそうですね。

 はい、読み始めたのは小学4年生くらいからでしょうか。「ジャンプ」も面白かったけど、僕は「サンデー」のほうが好きでした。当時は「サンデー」の第2次黄金時代で、「史上最大部数」と書かれた号が売られていたのを覚えています。

――1983年に史上最大部数228万部を達成。週刊少年誌では2位だった「マガジン」を抜き、トップの「ジャンプ」に肉薄したといいます。

 僕が中・高生のころ好きだったのは「タッチ」「うる星やつら」「ジャストミート」「究極超人あ~る」「B・B」……。後ろのほうには尾瀬あきら先生の「リュウ」(原作・矢島正雄さん)というマンガが載っていたり、村上もとか先生の「風を抜け!」や「ヘヴィ」、吉田聡先生の「ちょっとヨロシク!」とか。今より連載本数は少なかったはずだけど、本当にすごい布陣だったと思います。若い作家も次々と出てくる印象があったし、新人とベテランのバランスも良かった。また、80年代の「サンデー増刊号」が新人の宝庫だったんですよ。島本和彦先生とか安永航一郎先生とか、どんどん新人が出てきて。

――過去のインタビューで、「あだち充がいなかったら小学館を受けなかったかもしれない」と言っていますね。

 あだち先生は僕にとって少年時代のスターです。小学生から中学生の多感な時期にあだち先生の作品を読んだことで、美意識やどう生きるべきかなど、人格形成に大きな影響を受けたと思います。

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最終更新:6/22(木) 13:13
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