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「加曽利貝塚」特別史跡に 「ついにきた」「先人に敬意」喜び語る関係者

6/17(土) 7:55配信

産経新聞

 「ついにきた」「活動に尽力してきた先人たちに敬意を表したい」。千葉市若葉区桜木にある国史跡「加曽利貝塚」を国の文化審議会が特別史跡に指定するよう文部科学相に答申した16日、関係者からは喜びの声が上がった。縄文時代の暮らしを研究する学術的価値や住民の地道な保全活動が認められた結果、同貝塚が“日本文化の象徴”と位置づけられる快挙につながった。特別史跡指定は青森市の三内丸山遺跡などが指定された平成12年以来17年ぶりで、貝塚としては初となる。正式決定は秋ごろになる見通し。

 加曽利貝塚博物館によると、同貝塚は直径約140メートルのドーナツ状に形成された北貝塚と、長径約190メートルの馬のひづめの形をした南貝塚から成り立つ。2つの大規模貝塚が合わさり「8の字型」を形成している国内唯一の事例だという。

 全体で約15・1ヘクタールに及び、約5千~3千年前の2千年間、縄文時代の人々が集落を形成した日本最大級の「ムラ貝塚」とされる。地層からは埋葬された人骨やイヌの骨、土器が発掘され、住居跡も検出されるなど当時の生活の変化を分析できることから、日本の歴史を研究する上で極めて価値が高いことなどが評価された。

 特別史跡となることで集客アップが期待される同館だが、施設が史跡内に建設されているなどの課題も残る。市などは今後、同館の移設計画を含むグランドデザインを策定し、本格的な環境整備や集客力の向上に取り組むとしている。高梨俊夫館長は「まだまだ謎も多い遺跡。調査を進めながら、来場者に愛される貝塚にしていきたい」と意欲を燃やす。

 特別史跡の指定にあたっては、貝塚の保全活動も着目された。貝塚周辺では昭和30年代後半、宅地造成計画が進められたが、当時の市文化財保護審議会委員だった武田宗久氏が貝塚の重要性を訴えるため緊急調査を開始。市民らで保存運動を進め、南貝塚での造成工事の強行といった困難を乗り越えながら守ってきた姿勢が、埋蔵文化財保護の歴史に大きな功績を残したとされている。

 貝塚の発展や普及に努めるNPO法人「加曽利貝塚博物館友の会」の赤田靖英会長(75)は「当時の運動があって今の貝塚がある。先人たちに敬意を表したい。今後も貝塚の存在感を一層アピールし、後世に引き継いでいきたい」と話した。同市の熊谷俊人市長は答申を受け、「オール千葉市で特別史跡に向けた活動をしてきて『ついに』といった感じだ。市の誇りが日本の誇りになった」と喜びを語った。

最終更新:6/17(土) 7:55
産経新聞

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