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<渋谷暴動>大坂容疑者、つましい生活 息潜め終日部屋に

6/17(土) 15:00配信

毎日新聞

 1971年の渋谷暴動事件後、行方をくらませ、生死すら不明だった過激派・中核派活動家の大坂正明容疑者(67)=殺人容疑などで逮捕。警察当局が生存を確信する契機になったのは、警視庁公安部が昨年1月に行った東京都北区の通称「赤羽アジト」の家宅捜索だった。押収資料の分析などで大坂容疑者の暮らしぶりや支援態勢が浮かび上がった。

 JR赤羽駅の西約1.2キロの商店街の一角。赤羽アジトは築約30年の4階建てマンションの最上階にあった。約40平方メートルの2DKで家賃は約8万円。2007年に賃貸契約され、大坂容疑者は同年から08年夏ごろまで逃走支援役の鈴木哲也容疑者(53)と潜伏していたとみられている。

 捜査関係者によると、活動家は周囲を警戒し、終日アジトで過ごすことが多い。大坂容疑者はアジト周辺で目撃されておらず、部屋で機関紙編集などをし、鈴木容疑者が買い物など身の回りの世話をしていたとみられる。

 逃走を支援した中核派「革命軍」の生活はつましいという。賞味期限が迫って値引きされた総菜を買い集めたり、自転車や徒歩で移動して交通費を節約したり。大坂、鈴木両容疑者もそんな生活をしていたとみられている。活動費は中核派から支給され、家族からの手紙や上層部の指令文書は「脈管」と呼ぶ連絡担当が各アジトを回って集配していた。

 公安部が赤羽アジトを捜索した時、捜査員に暴行したとして、鈴木容疑者と仲間の男(50)が公務執行妨害容疑で逮捕された。鈴木容疑者は起訴されず釈放されたが、男は別の容疑で起訴された。

 裁判での男の証言によると、公安部の家宅捜索が入った際、男は証拠隠滅のため、水溶性の紙に記した極秘文書をポーチに入れて浴槽に投げ込んだ。「風呂おけで混ぜるとポーチは沈み、文書は溶けた」。男は傍聴席の仲間にアピールするように胸を張った。

 しかし、実際には数百枚の文書をまとめて放り込んだため、大部分は溶け残った。捜査員がピンセットではがして復元。暗号を解読すると、大坂容疑者が書いた逃走決意文や支援役の携帯電話番号リストなどが判明した。

 捜査では人間関係の一端も浮かんだ。男がスーパーでカップ酒を購入し、店先で飲んでからアジトに戻る姿が確認された。年上の鈴木容疑者に気兼ねしてアジトでは酒を飲みづらかったとみられる。

 鈴木容疑者は釈放後、大坂容疑者と合流。鈴木容疑者をマークしていた大阪府警が5月、広島市のアジトで2人を逮捕した。捜査関係者は「鈴木容疑者と一緒にいるリスクは分かっていたはずだが、気心が知れた相手と生活する安心感を選んだのだろう」と大坂容疑者の心境を推測する。【堀智行】

最終更新:6/17(土) 18:09
毎日新聞