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生命保険を解約して制作費を捻出 本業は実は…「よろずや探偵談」沢村東次監督のロマン

6/17(土) 9:09配信

産経新聞

 まさにロマンと言っていいかもしれない。本業は自動車整備工場の経営。妻と2人の子供がいる幸せな家庭にも恵まれた。それが40歳を前にいきなり映画づくりに目覚め、長編第2作となる「よろずや探偵談」で劇場デビューを飾ることになった。「好きな人たちとやりたいことをやっているというのが一番」と、沢村東次監督(45)は映画への思いを口にする。

★伝説のホストにセーラー服おじさんも

 「よろずや探偵談」は、とにかく遊び心にあふれた娯楽作品だ。くたびれた40男の嶋(三浦知之)は探偵事務所を開くものの、実態は街の便利屋に過ぎなかった。だが助手の未央(くり子)とさまざまな雑用の依頼をこなすうちに、市の行政に絡んだどす黒い陰謀に巻き込まれていく。

 というストーリーもさることながら、サスペンスあり、笑いあり、エロスありと、ありとあらゆる娯楽の要素を詰め込んだ展開に加え、超個性的な出演者の面々、シネスコサイズのワイド画面に映える凝った映像と、沢村監督の高い志が前面に打ち出された意欲的な作品に仕上がっている。

 「自分のやりたいものをポンポンと挙げていって、それを脚本家の鳥海雄介さんにまとめてもらったが、時間やお金の制約もあって脚本通りにはいかなかったところもある。でも映画づくりができたことで満足しているので、そういう自分が楽しんでいる部分が映画にも出ているんじゃないかなと思いますね」とほほ笑む沢村監督だが、話を聞けば聞くほどユニークさが浮き彫りになってくる。

 例えばキャスティング。主役を演じた三浦以外はほとんどがプロの役者ではなく、主人公の相棒役のくり子は、以前「黒猫の憂鬱」というアイドルユニットを組んでいたときからのファンで、出演と同時に主題歌の作編曲もやってもらった。さらに50代半ばで週末にセーラー服姿で東京・渋谷や新宿を歩く「セーラー服おじさん」として知られる小林秀章にほれてダメ元で出演依頼のメールを打ったら快諾。そのつながりで、東京・新宿歌舞伎町のナンバーワンホストだった伏見直樹を紹介してもらい、と芋づる式に出演者が決まっていった。

★おバカ映画を売りに「ちば映画祭」創設

 「ほかにも、エルビス・プレスリー好きのおじいちゃんがいたら面白いなと思って、いろいろと探してたどり着いたのが、九州に住むELVIS吉川さんだった。本当に自分がほれて、この人とやりたいという人とできたことは、非常にありがたいと思っています。こんな見ず知らずの挙動不審の男がいきなり出てくださいと言って、何かに共感していただいたわけですからね」と感謝する沢村監督だが、確かに経歴のユニークさも群を抜いている。

 本名は後藤博茂という沢村監督は1971年、千葉市で生まれた。高校は田園地帯にある学校に通っていたが、通学の途中にザリガニ釣りに興じて単位を落とし、中退。ちょうどレンタルビデオの全盛期で、友達の家に入り浸っては、シンナーを吸いながらビデオを見まくる毎日だった。ここでチャプリンやヒチコックから「悪魔の毒々モンスター」(1984年)といったトロマ・エンターテインメント社製作のおバカ映画まで、あらゆる映画の洗礼を受けた。

 仕事は日雇いで工場勤務などをしたが、流れ作業の日々に絶望感に襲われ、10代後半からは家に閉じこもる。バンドでベースを弾いたり、詩を書いたり、友人の8ミリ制作を手伝ったりという生活を送った後、24~25歳で実家の自動車整備工場を継ぐ決心を固め、27歳で社長に就任した。

 「その後、一緒に8ミリを撮ったりしていた友人の廣田正興くんが監督デビューすることになり、何か応援したいなと思った。千葉でどこか場所を借りて上映するから、と持ちかけたら、じゃあ映画祭をやってよ、と言われて、右も左も分からずに『ちば映画祭』を立ち上げたんです」

 2008年にスタートした「ちば映画祭」は当初、沢村監督の主導でおバカ路線を売りにしていた。アメリカおバカ映画の巨匠、ハーシェル・ゴードン・ルイス監督を描いたドキュメンタリー「ゴッドファーザー・オブ・ゴア」(10年)の日本初上映なども行ったが、市役所も共催している映画祭でこの路線はいかがなものかと疑問の声が上がり、第7回を最後に映画祭を離れる。

 漫画家だった兄が脳梗塞で急死したこともあり、やりたいことはやっておかないと、という思いが募っていった。それが映画づくりだった。

★「沢村」ってかっこいいじゃない

 「子供もいて、安定した生活をしているのに、なぜかそうなったんですね。いざ始めると、好きな人たちと一緒にものづくりができるので、自分の中のわだかまりがなくなっていく。いろんな刺激がもらえて、とても心地いいんです」

 13年に長編「ロンリープラネットボーイ☆」を初監督。その後、千葉が生んだローカルミュージシャン、ジャガーのプロモーションビデオなどを経て、長編第2作「よろずや探偵談」を完成させた。制作資金の500万円は、親戚(しんせき)からの借金に加え、自らの生命保険と子供2人の学資保険を解約してまかなった。妻にも相談せずに決めたため、ばれたときは大変だったと打ち明ける。「家に帰ったら、保険の解約通知書が机の上に置いてあったんです。その恐怖たるや…」

 1作目は自主上映だけだったが、今回はわずか4日間とはいえ、6月29日から東京・ザムザ阿佐谷で公開されるほか、7月のカナザワ映画祭でもかけられる。その後は今のままだと上映できないというのだが、そのエピソードも、失礼ながら笑える話だ。

 「劇中、ELVIS吉川さんが『ラブ・ミー・テンダー』を鼻歌まじりで歌っているんですが、楽曲の使用を管理するエルビス・プレスリー財団から許諾が下りているのが、この2カ所での上映だけなんです。本人の曲を使うわけじゃないのに、お金がかかるなんて全然知らなかった。最初は50万円といわれたんですよ。それも一括で払ってくれって」

 何とか交渉して安くしてもらったが、今はELVIS吉川にお願いして、別の曲に差し替える準備を進めているところだ。

 実は今回の取材は、出演者で元ホストの伏見直樹(62)が経営する東京・中板橋の居酒屋で行った。沢村監督が声をかけ、主演の三浦知之(41)ら出演者も何人か集まり、大にぎわいの中でのインタビューとなった。

 伏見に沢村監督の現場について聞くと、「とにかく臨機応変で、すごくやりやすかった」と話す。「みんなで和気藹々(あいあい)でね。バーベキューをやってくれたりしたけど、普通はそんなことしないですよ」

 1作目から続いて出演している三浦も、めちゃくちゃ楽しかったと振り返る。

 「普通、現場では監督さんは『監督!』と呼ばないといけない。でも後藤さん(沢村監督の本名)は、みんな『後藤さん!』なんですよ。そういう空気感ってすごいなと思います。かといってこだわるところは相当こだわるし、やっていて信頼できるんです」

 「そういえばあのとき、あんなバカな映画を見たよね、みたいに記憶に残ってくれれば」と話す沢村監督に、最後に監督名の由来について聞いてみた。

 「沢村って、かっこいいじゃないですか。後藤じゃなくて沢村になりたかったなと思って。東次は、千葉出身の伝説のレーサー、浮谷東次郎(1942~65年)からです」

 どこまでもロマンチックな監督だった。(文化部 藤井克郎)

 「よろずや探偵談」は6月29日~7月2日、東京・ザムザ阿佐谷で公開後、7月15日から金沢21世紀美術館(石川県金沢市)で開催されるカナザワ映画祭2017でも上映される。

最終更新:6/17(土) 9:09
産経新聞