ここから本文です

ピアニスト・反田恭平のモスクワ音楽院時代のエピソードがすごい!

6/17(土) 11:30配信

TOKYO FM+

脳科学者の茂木健一郎がお届けするTOKYO FMの番組「Dream HEART」。毎回、日本や世界で“挑戦”をテーマにチャレンジする人々を迎え、その挑戦に迫っています。6月10日(土)の放送ではピアニストの反田恭平さんが出演。モスクワ音楽院時代のエピソードや、自身の野望について語ってもらいました。

反田さんは1994年生まれの22歳。2012年、高校在学中に第81回日本音楽コンクールで史上最年少で第1位に入賞、同コンクールでは聴衆賞も受賞しました。桐朋学園大学音楽学部に入学後、ロシアのピアニスト、ミハエル・ヴォスクレセンスキーの推薦によりロシアへ留学しチャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院に主席で入学。2015年には日本コロムビアよりアルバム『リスト』でCDデビューし、現在国内外で演奏活動を行っています。

茂木「モスクワ音楽院はあっさり辞めたという噂ですが……」

反田「そうなんです。もともと卒業する気で入学したんですが、2年前に奨学金が切れたんです。そのころは(演奏)活動をするようになっていたのでお金にはほとんど困ってなかったんですが、卒業までの3年ほどで結構ばかにならない費用がかかってしまいます。それをダラダラ払い続けるより、今辞めて違うステージで勉強したいと思ったんです。今後は(演奏活動を続けつつ)また学生に戻ります。今年から違う財団から奨学金をいただくことが決まり、ある程度お金を貯めてヨーロッパの学校に行こうかなと」

茂木「反田さんに学校っているのかなって思っちゃうんですが……」

反田「一時は学校なんかいらないって思ったんですが、今度は逆に学校を作る側にもなりたくなったんです。ピアニストってやっぱり作曲家でもないので、音源や功績はあっても残せるものが限られているんですよ。もっと素敵な、後世に残るようなことがしたい。ゆくゆくは日本に音楽院を建てたいんです」

茂木「いわゆる音楽院は日本にはないということですか?」

反田「もちろん日本の音楽大学には素晴らしい先生と素晴らしい環境があって、僕もお世話になったのですごく良いと思うんです。ただ、価値観を変えて見てみると日本から世界に行く子たちはいるけど、海外から日本に来る学生の音楽家はいないんですよ。それは違う問題があるのではないかと思い、今度は日本から世界に音楽を発信したいと考えたんです」

茂木「将来は音楽院の設立も視野に入れてるんですね。反田さん、今22歳ですよね。普通は22歳のピアニストというと、自分のことで精一杯ですよね」

反田「留学し始めた当初は誰のためなのか分からないときがあったんです。ただ先生から『仮に君に才能があったとしよう。その才能は自分自身に使うものなのか、それとも人のために使うものなのか』と言われ、人のために弾いてみようと思うようになりました」

茂木「すごい。日本に音楽院をという話もそうだけど、アイデアの出方が自由で、話が面白い。それはロシアで鍛えられた?」

反田「確かに周りからも落ち着いてるとは言われます。ロシアでは通学路でピストルを向けられたりする先輩もいましたし、僕も何回か死にかけました。1回めは軽く車に轢かれて、2回めは寮のなかでタクシーの運転手さんに刃渡り40センチくらいの湾曲したナイフを首元に突きつけられました。『お金が無いんだ』って言ったら帰って行ったので、結構純粋(な強盗)なんだと思います」

茂木「普通に世間が思い浮かべるエリートピアニストとは全く違う道を歩んできたんですね。今後の予定は?」

反田「自分自身も何が起こるかわからないと思ってます。モットーとしているのが、その日練習した最後の音に悔いがないように、明日死んでもいいように練習すること」

茂木「カッコイイな~。今後いわゆる名前が通った国際コンクールに出る予定はあるんですか?」

反田「将来30年後くらいまでのプランがあるんです。そのひとつとしてチャンスがあれば受けたいです。そのときは自分に新しい壁が来ると思うので、準備期間を見据えて挑戦したいです」

1/2ページ

最終更新:6/17(土) 11:30
TOKYO FM+