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トヨタ「MR2」(初代) 国内初の量産ミッドシップは手ごろな「僕らのスーパーカー」

6/17(土) 16:19配信

乗りものニュース

名前に「-(ハイフン)」はいらない 国産ミッドシップの先駆け

 まだスーパーカーブームの余韻が残る1983(昭和58)年の東京モーターショー。トヨタが参考出品した「SV-3」というスポーツカーに多くの若者が釘付けになりました。ミッドシップレイアウト、2シーターのキャビン、リトラクタブルヘッドライト、低いノーズによるシャープなスタイリングなど、まるでスーパーカーのような特徴を持っていたからです。

【写真】「MR2」のプロトタイプ

 さらに驚くべきは、そのコンセプトカーが翌年となる1984(昭和59)年6月、ほぼそのままの形で発売されたこと。それがトヨタ「MR2」でした。その名は、「Midship Runabout 2seater」の略であり、日本初の量産ミッドシップカーであることを強くアピールしていました。

 トヨタが「MR2」で目指したのは、本格的な走りが楽しめながらも現実的な価格のスポーツカーであること。この欲張りな理想が実現可能であることを示したクルマがありました。1972(昭和47)年に発表されたフィアット「X1/9」です。

「X1/9」は、古今東西の手頃なスポーツカーがそうであったように、量販車のコンポーネンツを最大限活用して作られていました。最も特徴的なのは、FF車のパワートレインをそのまま後方に配置することで、安価なミッドシップカーに仕立てられていたことです。また北米では、「X1/9」やMG「ミジェット」など欧州の軽量なスポーツカーが人気だったことに加え、オイルショックや小型な日本車の台頭などの理由から、コンパクトなアメリカ車が送り出されるようになっていました。そんな時代背景からGMも、「X1/9」と同じ手法のミッドシップカー「ポンティアック・フィエロ」を1983(昭和58)年に投入。もちろん、「MR2」も同様に、同時期に発売された80系「カローラ/スプリンター」のFFモデルのものを流用しています。

幻の4WD仕様モンスターマシン「222D」!

「MR2」のパワーユニットには、1.5Lと1.6Lの2種類を採用。メインに据えられたのは、当時、新開発であったツインカム16バルブの「4AG」。この1.6Lの直列4気筒DOHCエンジンは、最高出力130ps(グロス値)を発揮するもので、最後のFRレイアウトとなった、「カローラ レビン」と「スプリンター トレノ」に初搭載されたスポーツエンジンでした。決してパワフルではありませんが、940kg(1600G・MT車)と軽量だった「MR2」では、軽快な走りが楽しめたことでしょう。

 このように憧れのミッドシップカーを誰でも手に入れられるようにした「MR2」は、「1984-1985 日本カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞するなど高い評価を受けました。

 トヨタは、「MR2」を「スポーティ・パーソナルカー」という新ジャンルのモデルとして訴求を図ったこともあり、「レビン」や「トレノ」、「セリカ」などのトヨタのエントリースポーツと異なり、モータースポーツベース車が設定されることはありませんでしたが、実は世界的な脚光を浴びる可能性がありました。それが幻に終わった「WRC(世界ラリー選手権)」参戦計画です。

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