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不屈のダイバー寺内健 不惑を迎える東京五輪を見据え、きょうも飛び込む

6/19(月) 10:00配信

産経新聞

 日本男子飛び込みで不屈のダイバー、寺内健(36、ミキハウス)が不惑を迎える2020年の東京五輪を静かに見据えている。6月9~11日の日本室内選手権で3メートル板飛び込みを制し、「思い描いた戦いができた」とうなずいた。7月の世界選手権(ブダペスト)出場は逃したが、「今までで一番強い寺内健を作りたい」と6度目の五輪出場へ向けて歩みを進めている。

 日本室内選手権で抜群の安定感をみせつけた。総合的な演技の難易度は2位の須山晴貴(19、島根大)や3位の新良貴(しらき)優(22、福井体協)に劣った。しかし、3人が共通の演技を飛んだ3本のダイブではともに最も高い得点をマーク。また、須山と新良貴に50点台の演技があったのを尻目に、全6本で60点以上をそろえた。

 2月の国際大会派遣選手選考会は右ふくらはぎの故障で個人種目を棄権し、勝負を懸けて強行出場したシンクロ種目でも選考基準を突破できなかった。世界で戦う機会を失って「現実を真摯に受け止める」と落胆を隠せなかったが、「ぶれないで自分にできることをやってきた」と4カ月後に笑顔を取り戻した。

 これまでも失意のどん底から何度もはい上がってきた。15歳だった1996年アトランタ大会を皮切りに五輪に5度出場し、世界選手権のメダリストにもなるなど経歴は華々しい。それは流した涙があったからこその勲章でもある。

 五輪のメダルを追い求めてアトランタから2008年の北京まで4大会連続で挑んだが、最高成績は00年シドニー大会の高飛び込み5位だった。夢破れて北京大会後に引退し、サラリーマン生活も経験した。10年に現役復帰したものの、再びメダルに挑むはずだった12年ロンドン大会には出場もできなかった。

 2大会ぶりに五輪へ戻った昨年のリオデジャネイロ大会でも苦汁をなめた。3メートル板飛び込み予選の2本目は、強風が吹き荒れる悪条件下で痛恨の失敗ダイブ。「飛び込み人生でおそらく最低点」と嘆いた18点をマークして準決勝にも進めず、「土俵に上がる前に終わってしまった」と悔いだけを残している。

 山あり谷ありの競技人生だからこそ、世界選手権出場を逃したぐらいで心は折れない。原因となったのが故障でも、「この年齢になると、故障のリスクを負って自分をぎりぎりまで追い込まないとトレーニングにならない」ときっぱり。若手の成長に「海外で孤独な戦いをしてきたので日本全体のレベルが上がっているのはうれしい」と目を細めつつ、「まだまだ若い奴には負けない」と頼もしい。

 東京五輪開催中の20年8月7日に40歳の誕生日を迎える。「演技の難易度を上げて、2本で180点を取れるようにならないといけない。もう1度レベルを上げ、2年後の世界選手権に出て東京五輪にいく」。日本飛び込み界の歴史を切り開いてきた“レジェンド”の戦いはまだまだ終わらない。

最終更新:6/19(月) 10:00
産経新聞