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三線、太鼓・・・そして空手 「芸能活動を支える源」ミュージシャン・よなは徹、稽古に熱

6/18(日) 19:50配信

沖縄タイムス

 沖縄県出身のミュージシャン、よなは徹さん(40)は時間を見つけて、幼い頃通った道場に出向いて空手の型を練習する。けいこ中、先輩から言われた「格好良く動きなさい」の言葉が今も胸に刻まれ、汗を流している。「歌三線も空手も礼に始まり礼に終わる。共通するところがたくさんある」。体と心に染み込んだ沖縄の伝統空手は、芸能活動を支える源でもあるという。(学芸部・天久仁)

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 琉球古典音楽野村流音楽協会の師範で、光史流太鼓保存会の教師でもあるよなはさん。幼い頃から三線や琉舞を習い、子役として5歳で沖映本館の舞台を踏んだ。

 アクロバティックな古武道「鎌の手」の舞台を見て「大きくなったら自分もやるぞ」と決めた。「まず基礎から固めよう」と小学4年生で近所にあった国際沖縄少林流聖武館空手道協会の道場に入門、真新しい空手着に袖を通した。

 「先生がめちゃくちゃ怖くて、2日目でやめようと思った」。待っていたのは島袋善保館長(現県空手道連合会会長)の厳しい指導だった。突きの角度や構えの姿勢が悪いと、容赦なく「熱血指導」が入る。それでも「休んだら仲間に取り残される」とけいこを積んだ。

 「不思議なことに、空手が楽しいと感じ始めると、指導も苦にならなくなった」。踊りと三線も並行して続けながら、中学3年生で念願だった地区空手大会で金メダル、最優秀選手賞も獲得した。一生懸命けいこした型「セイサン」は今でも体が覚えている。

 黒帯まで獲得したよなはさん。高校1年の時、空手の大きな催しと、琉舞道場の発表会が1週おきに開かれることになった。「どうしても両方頑張りたかった」一方で、終わってみると「明らかに空手のけいこ量が減ったな」と感じていた。

 空手の催しの翌日、島袋先生に呼ばれて「芸能の道に進みなさい」と告げられた。「まずは芸能を極めて、空手は型を忘れない程度に、自分でけいこをしなさい」との恩師の激励の言葉に「自分の進む道はこれで決まった」と確信したという。

 ミュージシャンとして県内外で活動し、多忙な日々を送る。ショービジネスの世界で人間関係に悩み、やめようと思ったこともあるが「やめるのは簡単だけど、やめたら負け。先生を裏切ることにもなる」と踏みとどまった。

 空手は見るのも、演じるのも大好きだ。今でも島袋先生にけいこをつけてもらうことがある。その時はいつも、肩や手をバシっとたたいて気合を入れてくれる。「けいこは緊張するけど、今でも先生の言葉に助けられている」というよなはさん。空手との出合いを大事にしている。

最終更新:6/19(月) 15:50
沖縄タイムス