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久保裕也の恩師が刷り込んだ“打っちゃえ”意識 「海外でお金をもうけられるのはゴールを決める選手」

6/19(月) 16:56配信

夕刊フジ

 【久保裕也の恩師激白】菅澤大我氏

 菅澤が京都サンガU-18の監督に就任した2009年春。山口・鴻南中学から加入した15歳のFW久保に、世界と勝負できる匂いを感じ、センターFWとトップ下の中間あたり、「1・8列目」と名付けた動きを刷り込んでいった。

 教材はレアル・マドリードの英雄ラウル・ゴンザレスや、後にスペイン代表の歴代最多得点者となるダビド・ビジャ(当時バレンシア)の映像。身長が180センチに満たない2人がゴールを量産する姿は、久保にとってFWの概念を変えるほど刺激的だった。

 「久保は海外の映像を見る環境になかったんでしょうね。食いつきはすごくよかったです」

 「1・8列目」はDFが出てくれば空いたスペースを狙い、出てこなければシュートやドリブルに切り替える。同じFWでも大迫勇也(ケルン)のような中央の動きでもないし、香川真司(ボルシア・ドルトムント)に代表されるトップ下とも重複しない。

 「海外でお金をもうけられるのはゴールを決める選手。その部分は大事にさせたかった」

 日本代表は、昨年9月にUAE(アラブ首長国連邦)代表に黒星を喫したが、3月23日には敵地で快勝した。久保はゴールポストとGKの1メートルほどの隙間を正確に射抜いて、A代表初ゴールを決めた。左後方に大迫がフリーだったが、迷わず狙った。

 「新聞や雑誌に載るのはシュートを決めた人だと、子供たちには常に言ってきました。パスもいいけど、『打っちゃえ』という意識も残しておかないと」

 似た状況は舞台を日本に移した同28日のタイ代表戦でもあった。後半12分、中央へボールを運んだ久保は右側にMF香川真司(ドルトムント)、左側にFW原口元気(ヘルタ)がフリーだったが、左足を振り抜いてゴール右上に突き刺した。

 これは菅澤が特にうれしく感じた瞬間だった。

 「相手は2人だったので、あそこでパスを選択するのは僕にはミスにしか映らない。貪欲な思いがなければ生き残れない。チャンスだから打った、決まったから文句ないよね、という感じで」

 13日に引き分けたイラク戦では思い通り動けず唇をかんだ。ゴールゲッターとしての久保の戦いはまだ始まったばかりだ。 (スポーツジャーナリスト 藤江直人) =おわり

 ■菅澤大我(すがさわ・たいが) 1974年6月30日、東京都生まれ。高校時代は読売サッカークラブ(現東京ヴェルディ)のユースでプレー。96年から古巣で指導者の道を歩み始め、育成年代を担当した10年間で森本貴幸、小林祐希、高木3兄弟らを発掘・育成した。名古屋グランパスエイト、京都サンガ、ジェフユナイテッド千葉で育成のスペシャリトとして活躍。2016年にロアッソ熊本入りし、今季は育成ダイレクターを務める。

最終更新:6/19(月) 17:12
夕刊フジ